絵・マメイケダ

 
 
「『週刊少年ジャンプ』読んでる? 」「Jリーグって好き?」
 
 
その日初対面だったY君は、口元に少し笑みを浮かべながら品定めするようにして矢継ぎ早に質問を投げかけてきた。突然のことに面食らいながらもぼんやりと首を振り、言葉少なに否定する僕。いくつかの問答を終え、しばらく談笑したのち、彼は部屋の隅からカセットデッキを持ち出して「電気グルーヴのオールナイトニッポン」のエアチェック・テープや、「小人プロレス」をコミカルに唄ったインディーズバンドの短冊CDや、どこぞで万引きしてきたというマイナー漫画家の限定版作品集などを自慢げに紹介してくれた。
 
 
後にわかったことだが、Y君の質問はいわゆる「フィルタリング」の一種で、僕が彼のコレクションを共有するに値する人物かどうかを面接されていたのだ。僕だけでない、同じ質問をされた友だちも知っている。ハイティーンにもなって「ジャンプ」は幼すぎるし、当時設立されたばかりのJリーグに早速夢中になるような軽薄な人間には「電気」のシニカルなセンスはわかるまい。誰の「オールナイトニッポン」を聴いているかでクラスでのポジションはだいたい理解できるし、テレビ雑誌を装いながらその実ほとんどカルチャー誌である『TVブロス』すら知らないないようなら話し相手として役不足だと、彼は婉曲な質問を通じて主張していたのだ。今思えば随分雑な選別だし、これから付き合うことになるかもしれない相手に対してずいぶん慇懃無礼な態度だが、学外で出会った素性の知れない人間を品定めする彼の気持ちはよくわかる。マイナー趣味を自認するセンシティブな若ものたちにとっては「安易な共感」ほど警戒すべきことはない。対象が同じでもまったく違うものが見えていることだってありえるのだ。少しずつ時間をかけながら行うべき価値観のすり合わせを勇み足で迫った彼は、それだけ孤独だったに違いない。しどろもどろになりながらも僕は彼のテストにパスした。その後、上七軒の織物工場の二階、作業の中断を呼びかけるベルが断続的に鳴り響く彼の部屋に足繁く通い、テクノのレコードや馬鹿馬鹿しいほど過激な前衛音楽を聴いて、二十代になりたてのモラトリアム期、ありあまる時間をそこで過ごした。
 
 
かくいう自分もY君の友人に対して同じようなことをやっている。三条寺町にあった「十字屋楽器店」に貼り出した「バンドメンバー募集」の張り紙には、当時好きだったバンドやミュージシャンの名前を羅列した。ソニック・ユース、ボアダムズ、ダイナソーJr.、ティーンエイジ・ファンクラブ。ろくにギターの練習もしたことがなかったし、そもそも真面目にバンドをやるつもりがなかったにも関わらず、学校外で趣味を共有できる友人を探したいという一心で貼り紙を掲示したのだ。チラシの下部には短冊のようにぶら下げられた「当方」の電話番号。それを見たものが短冊の一枚を引きちぎって持ち帰り、自宅から「先方」の自宅に電話をかける。楽器屋やレコードショップの店先でよく見かけた光景。そのような効率の悪いことが前世紀、たった二十年前にはごく当たり前に行われていた。
 
 
忘れかけた頃、自宅の電話にO君より張り紙を見たとの連絡があり、唯一の応募者であった彼に対し電話口で僕はあれこれと質問をした。「どんな雑誌を読んでいるのか」「CDはどこで買っているのか」など、バンドメンバーを募集しているはずなのに、演奏技術や経験についての質問は一切なし。当時僕が愛読していた『ロッキング・オン』は、精神論ばかりで音楽そのもののことを書いていないので読まない、と否定し、『レコード・コレクターズ』や『ミュージック・マガジン』を購読していると答えた彼は、会ってみれば自分よりずっと大人びた趣味の持ち主だった。リアルタイムの音楽しか知らなかった僕に対して、ニール・ヤングやドノヴァン、スティーヴ・ミラー・バンドなんかの渋い70年代のレコードを紹介してくれた。音楽だけでなく、宇野浩二や川崎長太郎のような、名前さえ知らなかった私小説作家について熱く語る彼の話についていけず、古本屋に通っては背表紙にそれらの名前を探した。横柄な態度で品定めするように彼を「面接」にかけた自分が恥ずかしかった。募集していながら彼とは一度もバンドうんぬんの話にはならなかったが、そのままお互いの趣味を共有し合う仲になる。そのO君に紹介してもらったのが、反対に僕を「面接」することになるYくんだった。
 
 

 
いま僕が十代ならば、趣味を共有できる知人と出会うために、張り紙を掲示する必要もないし、電話口であれこれと詮索することもない。互いのSNS投稿を見れば趣味嗜好はある程度把握できるし、「面接」の手間も省けるはずだ。シニカルな目線で「小人プロレス」を語り、知識をひけらかすようにマイナー作家を語る彼等の発信に触れた上で、彼らに会ってみようと思えただろうか。愛読する「ロッキング・オン」を否定され、「オッサンが読む雑誌」というイメージしかなかった「レコード・コレクターズ」を選ぶO君を、僕はあらかじめノイズとして排除してしまうのではないだろうか。そもそも当時の彼らを思えば、数少ない現在の「メジャー」であるSNSそのものと距離をおいているに違いないし、今ではもうバンド募集の張り紙を掲示するスペースさえ街から姿を消してしまったから、きっと知り合う手段すらないのだろう。その代わりに自分が好きな「ロッキング・オン」を愛読する人間と情報を共有できることは容易だし、聴き逃した「オールナイトニッポン」は動画サイトで簡単に見つけることができる。自分の趣味を否定されることはないし、興味のないものを押し付けられる面倒さもない。しかし、完全に守備範囲外だった宇野浩二の小説や過激な前衛音楽、70年代の渋いロックのレコードを見聴きするような機会は、趣味の違いを越えた付き合いからしか生まれなかっただろう。
 
 
肯定よりも否定からはじまるような友人関係がなければ僕はもっと素朴で、他人に対して「いいね」を惜しげなく与えられるような人間になっていたのかもしれない。しかし、良くも悪くも物事を疑ってかかる姿勢は、僕に批評性の基礎を与えてくれた。好きなものを共有するには、嫌いなものが何故嫌いなのかを言語化し、擦り合わせる作業が欠かせない。「何を置くか」ではなく「何を置かないか」は、今も自分の店の商品構成を考える上で基本姿勢になっている。
 
 
今はもうあの頃みたいなヒリヒリした人間関係をゼロから築くほどの体力はないし、随分と他人の趣味にも寛容になれた。会ったこともない人に「いいね」と共感することもあれば、その反対に満たされることだってある。「スキを見せないやり取り」にも疲れ、丸くなった僕は、二十代の半ばごろ、世紀の変り目あたりを境にYくんとはすっかり疎遠になってしまった。FACEBOOKもインスタグラムもやらない彼の今を僕は知らない。今もまだ電気グルーヴの新譜はチェックし続けているのだろうか。最近の「ブロス」のことはどう思っているんだろう。もし今僕たちが当時の年齢だったとして、もう一度「面接」を受けるのならば、彼は半笑いでこういうはずだ。
 
 
「SNSとかがんばってる?」

 

 ( 毎月第4月曜更新 )


著者プロフィール

堀部 篤史  Atsushi Horibe
1977年生まれ。誠光社店主。著書に『街を変える小さな店』など。

 

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