第19回 インフラとしての本屋を成立させるために〜下田裕之さんの話(5)
「自分がおもしろいと思うことに自信がある」というのは、人として強い。下田裕之さんの話を聞いていると、そう感じる。作品やものごとに対して、おもしろいか、おもしろくないか、という判断は主観的なものだ。だからこそ、そこは自分勝手に、徹底して独善的な判断を下してよいはずだが、己を振り返ってみると自信の程に迷いがあるときがある。おもしろい! と盛り上がっても、気の迷いだったかな…そうでもないかな…となぜか弱気になり、他の人はそうでもないかも…とますます萎れていく。自分自身に対して、どこか言い訳めいたことを語りだす。懐疑的になって、胸を張れない自分がいる。
「自分の価値観のなかに、おもしろいか、おもしろくないか、というのはすごくあります。むかしから好き嫌いを整理して考える以前に、何かおもしろいものを見つけたいというモチベーションが強くあって、だから判断基準は自分のなかではっきりしています。一方で、強烈におもしろいと思えるものがないと、元気がなくなっちゃうんですけど、それってあんまり大人とはいえないでしょう? でもやっぱり、おもしろいと思うことを優先順位の上におきたいんです。だから僕は、自分がおもしろいと思うことにはめちゃくちゃ自信あります。ものすっごい自信ありますね」
そう話す下田さんの目は輝いている。全体的にキラキラしている。まぶしい。
自分がおもしろいと思ったものは、みんなもおもしろいはずっていう、そういう自信もありますか? と聞いてみる。
「あ、それはないです。自分自身に対して、お前これおもしろいと思うだろってプレゼンをする自信があるってことですね。他人がどう思うかはわからないです……いやでも、社会的なコミュニケーションのなかで、この人はこういうのが好きだろう、望んでいるだろう、みたいなことはわかるようになりました。
でも自分自身をおもしろがらせること、それがないと本屋の仕事なんてできないんじゃないかと思うところはあります。不遜ながら。言葉の使い方が難しいんですけど、自我や自意識を見せつけるということじゃなくて、自分という客にとってのいちばんいい店員になる、という感じです。これおもしろいよって、ずっと自分にプレゼンし続けられたらいいなって」
下田さんが立ち上げた早春書店は古書店で、新刊書店のように入荷してくる本を選ぶことはできないのに、どこか、あるべき本が並ぶべき棚に揃っている、という印象を受ける。下田さんは、自分の店でサブカルチャーを表現することを目指しているのだろうか。
「表現……うーん…サブカルチャーは好きだし、サブカルチャーについて考えることは自分のなかで大きなテーマですけど、店で表現するというのはちょっと違っていて…。
僕の解釈ですが、古本屋の仕事ってひたすらコミュニケーションだと思うんですよ。新刊書店でももちろんこの面はありますが、古本屋はお客さんから本を買うプロセスもあるので、商品の流れも双方向になる。お客さんと会話したりするだけじゃなくて、本が双方向に流れ続けていくことまで含めてコミュニケーションというか。店主は、そのぐるぐる回る渦のなかのハブになることしかできない。でも店主のキャラクターや姿勢で、集まってくるものが変わり、買ってくれる人のタイプが変わってくるんですね。どんなコミュニケーションを誘発させられるか、それがハブの役割です。
僕はサブカルチャーについて考え、発言していますが、お店をやるときは、いろいろな人が自分のまわりを行き交って、その人たちが僕を認識するときのカードの1枚としてサブカルチャーが入っている、というイメージです。表現するのは文章で書くので、店では行き交う人たちの中に立って“サブカルチャー”の看板も出している状態ですね。店をやるっていうことは、そういうことだと思っています」
下田さんは新刊書店を辞めたとき、書店員以外の選択肢を考えなかった。「言われてみれば、鞍替えしようとはまったく思いませんでした。本屋の仕事しかできないっていうのもありますけど」と笑う。
「高校時代に学校の近くに古本屋がなかったら、ほんとうに引きこもっていたと思うので、その恩義があるというのもあります。外に出たときに、行く場所があると一息つけるし、いまはしんどくても、自分がまだ知らない世界があっておもしろいことがあるっていう入口を用意してくれていると、極端なことを言えば、とりあえず今日は自殺するのやめようって乗り越えられるかもしれない。本屋を好きな人って、そういうところがあると思うんですよ。
あとまあ、本屋はおもしろいです、やっぱり。なんとかずっとこの仕事をやっていきたい。漫然とやっていても相手にされなくなりますし、そのときに自分が頼れるのは、自分自身をちゃんとおもしろがらせる、ということなんです。目標はインフラになること。洗練されたことは自分はできないかもしれないけど、お客さんにとってインフラとしておもしろいか、役に立つか、ということを考え続けて、コミュニケーションのなかで棚をつくっていきたいです」
あちらこちらから集まってくる本や人が行き来する交差点に、下田さんは立っている。そこは交通整理されることなく、不確定だからこそ刺激的で活気にあふれ、あたたかい。
( 毎月第4水曜更新 )
過去の連載を読む
第1回 はじめに
第2回 いま、本屋を一からやり直している~日野剛広さんの話(1)~
第3回 いくつかの転機~日野剛広さんの話(2)~
第4回 「良い本屋」ってなんだろう~日野剛広さんの話(3)~
第5回 はじめての本屋さん
第6回 百科事典が飛ぶように売れたころ〜海東正晴さんの話(1)〜
第7回 時代が変わる、売り方も変わる〜海東正晴さんの話(2)〜
第8回 本とレコードに囲まれて〜海東正晴さんの話(3)〜
第9回 本屋さんの最終型とは〜海東正晴さんの話(4)〜
第10回 つくば科学万博のころ〜徳永直良さんの話(1)〜
第11回 四国で暮らしていたころ〜徳永直良さんの話(2)〜
題12回 つくばの本屋さんで、できること〜徳永直良さんの話(3)〜
第13回 書店員ののちに始めた新しい仕事について〜徳永直良さんの話(4)〜
第14回 落ち穂拾いの日々〜徳永直良さんの話(5)〜
第15回 書店員として働きはじめたころ〜下田裕之さんの話(1)
第16回 早春書店を立ち上げるまで〜下田裕之さんの話(2)
第17回 80年代のことしか考えていなかった〜下田裕之さんの話(3)
第18回 下田さん、サブカルってなんですか?〜下田裕之さんの話(4)
著者プロフィール
屋敷直子 Naoko Yashiki
1971年福井県生まれ。2005年よりライター。
著書に『東京こだわりブックショップ地図』(交通新聞社)など。
©夏葉社