2016年、勤めていた友朋堂書店が閉店し、徳永直良さんは次の職を探し始める。 「ポリテクセンター茨城」という雇用支援をする施設で半年間、職業訓練を受けて、翌年、第二種電気工事士という資格をとった。「一般住宅・店舗など600ボルト以下で受電する設備工事に従事できる資格」で、コンセント工事などに必要になってくる。  なぜこの資格に目をつけたのか。   「2011年の東日本大震 […]

   今回の取材時、徳永直良さんに会う前に、わたしは友朋堂書店の吾妻店に立ち寄ってみた。つくば駅から、エキスポセンター内にある実物大モデルのH2ロケットを見ながら歩く。  区画整理された住宅地を抜けると、「本」というネオンサインのポールが立っている。すごく高いポールだ。平屋建ての店のガラスドアには「小さな手袋の忘れものをお預かりしています」とイラストを添えた紙が貼ってあり(2月だった)、 […]

   徳永直良さんが生まれ育ったのは、愛媛県周桑郡小松町。現在の西条市だ。  実家周辺の地図を、自ら持参した小さなノートに書きながら説明してくれる。   「最寄りは予讃線の伊予小松駅で、高松と松山をつなぐ国道11号線がこう走っていて、妙之谷川が南北に流れてます。南のほうには四国でいちばん高い石鎚山があって、ここには四国八十八箇所札所の横峰寺があります」    ボールペ […]

   茨城県つくば市に、友朋堂書店という本屋さんがある。  1981年に吾妻店がオープンすると、当時、学園都市として街づくりが進みつつあったこともあって、1日で数百万を売り上げることもあるほど人がおしかけ本が売れた。棚に本を補充するのが追いつかないほどだったという。筑波研究学園都市として国の機関や研究施設、民間企業の研究所が移転してくれば、住む人も増えていく。80〜90年代には、大小の本 […]

   蔵書家であり、書店員でもある海東さんでも、本を読むことから遠ざかった時期があった。   「自分が仕事にのめり込んでいるとき、『本を読む』より、『本をすすめる』ほうが楽しい時期がありました。ほんとうは両立しなくちゃいけないことだし、今なら読んでいない本をすすめてどうするんだと思うんですが。書店員をやっていると、目次やカバー、帯を見て、ぱらぱらとページをめくると中身がだいたい […]

     海東さんはいま、歴史時代小説を多く読んでいる。   「とくに江戸時代が好きです。人びとが遊びを工夫していて、いろいろな文化が生まれた豊かな時代だったと思います。  吉川弘文館から出ている『日本随筆大成』という全集があるんですね。江戸時代のさまざまな身分の人が書いた随筆を集めたものです。古本でしか手に入らないんですけど、昭和54年に完結している版が案外安く見つ […]

     人と人とのつながりで本が売れていた80年代を過ぎ90年代に入っても、売上げが目に見えて落ちるということはなかった。書店にとって福井はありがたい県なんです、と海東さんは話す。   「小・中・高校では、朝礼の前に15分〜30分、本を読む時間があるんです。『朝の読書』(あさどく)といって、基本的には何の本を読んでもいいんですが、課題図書もあって書店で売られていたり […]

     海東正晴さんが勝木書店に入社したのは、1985年のことだ。  それより以前、大学を卒業してすぐに入ったのは、メガネフレームを製造・販売している会社だった。福井県は、鯖江市や福井市を中心にメガネフレームの一大産地で、国産フレームのおよそ95%を生産している。原材料や部品、製造機械、表面処理など数百ものメガネ関連会社があるなかで、海東さんが入社したのは比較的大きな老舗の会 […]

     18歳の春まで福井で暮らした。  父は読書家で、家には夏目漱石や高橋和巳の全集をはじめ、大江健三郎、黒井千次、堀田善衛、柴田翔といった作家たちの本が、壁一面の本棚にぎっしり詰まっていた。給料日はすこし帰りが遅く、福井大学の生協でじっくり選んで買った本を抱えて満面の笑みで帰ってくるのだった。  当然の流れとして、両親は惜しみなく娘に本を買い与えるのだが、そのほとんどが岩 […]

   ときわ書房志津ステーション店では、2018年2月から3月にかけて、東日本大震災をテーマにしたフェアを開催した。 「被災者の体験を読む」というくくりで本を選び、日野さんは良い本を揃えられたという自負があった。ツイッターでも評判になり、選書した本の作家さんからも御礼のリプライが届いたりした。   「でも売れ行きはまったく駄目でした。フェアの売上げ目標金額には程遠い結果で。こち […]