絵・マメイケダ

昭和天皇が崩御した日の午後、ぼくは友達と『ロボコップ』を観ていた。小学校が休校になり、むやみに外で遊び回ることを咎められ、仕方なく家に居ようもののテレビではどのチャンネルも緊急報道特番しか放映していない。仕方なくレンタルビデオ店に出かけ、友人の親の会員カードでかろうじて貸し出されていなかった最後の一本を手にしたわけだ。子ども心ながらにも当時の民放各局の自己規制ぶりは極端なもので、あれほど混み合ったレンタルビデオ店はあの日以来体験したことがない。1989年1月9日、街中で最も賑わいをみせたスポットだったことは間違いないだろう。それからというもの、ジャッキー・チェン作品や『霊幻道士』(はじめて体験したゾンビ映画だった)ものを借りに足繁く通い、自身の会員カードを手にしてからはアダルトビデオと洋画の繰り返しで、途切れることなく毎週足を運ぶ「トリコじかけの明け暮れ」(©根本敬)となる。
 
 
毎週のごとく規則正しくビデオを返すと同時に借りて帰る、そんなルーティーンに拍車をかけたのが『ツイン・ピークス』ブームだった。当時実家ではWOW WOWに加入していなかったため、かなりのタイムラグを待ってからVHSが貸し出されるのを待ち望んだ。その頃すでに『テレビブロス』誌上で川勝正幸さんの連載を読んでいたのだろうか。おぼろげな記憶だが、ただのブームとなった海外ドラマではなく、れっきとしたカルト作をチェックしているのだという意識がどこかにあったと思う。キラーボブ、踊る小人、ブラックロッジ、チベット式捜査法、アンジェロ・バダラメンティのメランコリックなサウンドトラック。監督であるデヴィッド・リンチの名も意識していなかったし、『ブルーベルベット』や『エレファントマン』を観るのはずっと後のことだったけど、シュールすぎて腑に落ちない展開や、本筋に関係のない奇妙な描写の数々は、それがただの娯楽ではなく、ある種の「作品」であることを少年ならがらに知るには充分だった。『ツイン・ピークス』以上に夢中になった海外ドラマは四半世紀たった今も現れていない。
 
 
最初の数話で『ツイン・ピークス』中毒となり、いち早く新しいエピソードを観たいのに、新作は十数本がすべて貸出中なんてこともザラ。そこで、自転車で通える範囲のビデオ店を数軒ハシゴしてパトロールに精を出した。当時、大手チェーン店が席巻する以前の業界はおだやかなもので、京都市内のローカルチェーンでもそれぞれに個性やラインナップの違いははっきりし、中には意図的にカルト映画や名画・名作のたぐいをセレクトして陳列している店まであった。ゴダールなんて知りもしなかったから、顔面にダイナマイトを巻きつけたジャン=ポール・ベルモンドの異様なスチール写真に怯えながら、映画談義に花を咲かせる店員たちの会話を盗み聞きする。薄暗く陰気臭いビデオ店は混沌とした未知の世界だった。同時に、セルビデオがまだまだ高価だった時代、映画館やテレビで放映されない作品を観るにはビデオをレンタルするしかなかったから、レンタルビデオ店は、シネフィルも、家族連れも、18禁の暖簾をこっそりくぐる思春期の若者たちも同じように受け入れてくれる民主的な空間でもあった。
 
 
半径数キロ内のそれらの店を、「新作・話題作用」、「カルト&名作用」、「エロビデオ用」と使い分けながらルーティーンはさらに頻度を増した。「レンタル中」の黄色い札を眺めてはため息をつきながら、その向こうにいる同じように『ツイン・ピークス』の最新エピソードを心待ちにしている半径数キロ内のフリーク達に思いを馳せた。レンタル中の札はその向こうにいる観客たちの数を示すバロメーターでもある。人気作かどうかがひと目で把握できるだけでなく、色褪せた古いビデオなのに目にする度に札がかかっている作品は、名作・カルト作であることも薄々理解できた。最近レストア版が再上映され話題を呼んだエドワード・ヤン監督の『牯嶺街少年殺人事件』のビデオがあそこの店にあった、なんて映画好きの知人と情報交換しあったり、品揃えにばらつきがあったからこその宝探し感覚も当時のレンタルビデオ店にはまだ残っていた。手書きのキャプションを読んで手に取った作品も少なくはない。店員の趣味や裁量ではなく、POSデータで商品構成が決まる大型チェーン店が席巻するまでの話だ。
 

 
21世紀を迎えてまもなく、オセロが裏返るようにローカル店が全国チェーンへと姿を変えはじめる。それと前後して、ゲーム機の普及とともに映像ソフトのDVD化の波が押し寄せた。通いつめたおなじみのレンタルビデオ店の新作コーナーに少しずつ増え始めたかと思えばある日突然旧作のVHSソフトが投げ売りされはじめる。10年近く通ったビデオショップが最後にVHSを安売りした時、ロバート・アルトマンの『マッシュ』や、川島雄三の『幕末太陽傳』、アッバス・キアロスタミの「ジグザグ道三部作」などをどれも200円で大量に買い集めた。近い将来役に立たないガラクタになることは薄々感づいていたけど、そのうちここから足が遠のくだろうというセンチメンタルな気分がそうさせたのかもしれない。『2001年宇宙の旅』も、小津安二郎も、『ブレードランナー』も、はじめて観たのは実家の小さな「テレビデオ」のモニターだった。今になって振り返ってみるまで思いもよらなかったことだが、よく考えてみれば僕の1990年代はレンタルビデオショップとともにあったのだ。
 
 
オンデマンド映像サービスがあっという間に普及し、レンタルビデオ店が既に過去のものになりつつある2017年、劇中でローラ・パーマーが囁いた通り、25年ぶりに『ツイン・ピークス』の新シーズンが放映された。最初の数話はオンデマンドで先行放映される。その後の放送に間に合うよう、あわててアンテナの設置工事までしてWOW WOWに新規加入した。ワクワクしながら同世代の知人に話をするも「そうなんだ」、「どんな話だっけ?」と反応は薄い。雑誌では特集が組まれ、さまざまな意見が飛び交っているが、そもそも周りの人間が映画雑誌を読んでいない。あれだけいたはずの近しい『ツイン・ピークス』フリークたちは何処へ行ってしまったんだろう。知人や出版関係しかフォローしない僕のSNS。ソープオペラ的なドラマ性が省略され、リンチのアートフィルムのごとき内容にも尻込みしてしまい、いまではすっかりハードディスクに録画したまま、まとめて観る機会を先送りにしている。
 
 
「人は他者の欲望に欲望する」と語った哲学者がいたが、ハードディスクの録画履歴を眺めながらそんな言葉を思い出した。深夜一時、二十年前ならビデオショップを徘徊していた時間、「レンタル中」の札のない動画配信サービスの膨大な作品リストを前に、今晩も僕は途方にくれている。

 

 ( 毎月第4月曜更新 )


著者プロフィール

堀部 篤史  Atsushi Horibe
1977年生まれ。誠光社店主。著書に『街を変える小さな店』など。

 

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