絵・マメイケダ

回転するレコードにそっと針を落とすと同時にミニコンポの録音ボタンを押し、カートリッジが曲間にたどりつくまで息を呑んで待って、曲が終わると同時に一時停止する。それをA・B面にわたり十数回繰り返してからカセットテープの「ツメ」を折り、録音した楽曲を聴きながらインデックスに曲目とアーティストを書き込んでいく。便箋にそれぞれの楽曲解説を思い入れたっぷりに綴り、そうやって出来上がった編集テープをガールフレンドや意中の女性に手渡す。その内容は、ラブソングを詰め込んだストレートな求愛のメッセージではなく、似たセンスを持った相手に対して共感を求める自己主張のようなものだった。だからこそいま思い返せば下手なラブレターよりも赤面もので、もしどこかから出てこようものなら、目をそむけながらつまんで捨ててしまうだろう。もらってくれた相手には申し訳ないけど。
 
 
大学を卒業する頃には、手渡す相手が特定の女の子から友人たちと主催するクラブイベントのお客さんへと変わった。イベントに来てくれる全員にオリジナルテープを配ることで集客につなげ、常連客になってもらおうという魂胆だ。リラックスした雰囲気、ドライブのためのBGM、ファンキーな楽曲など、テープは毎回コンセプトを決めて選曲し、モニターと一体型のでっかいMacを使いこなす友人にイメージを伝えながらジャケットもデザインする。今度は一時停止ボタンを押す代わりに、二台のターンテーブルを使ってテープ片面分をライブで収録するから、一度でも頭出しのタイミングを間違えようものなら片面三十分近くを最初から撮り直ししなければならない。そんな作業でも繰り返すうちに洗練されてくるもので、六畳間の「録音現場」は緊張感につつまれ、誰に頼まれたわけでもないのに、そこにいた皆がそれなりに立派な仕事をしているかのような不思議な時間だった。曲間がないということは、曲と曲とのつながりが自然でなければ聴いていて違和感を与えてしまう。意外な曲同士がつながるカタルシスをリスナーに感じてもらうためには、引き出しの多さこそがテープのクオリティを決定する。国も異なれば時代もさまざま、ジャズやロック、イージーリスニングにヒップホップまで、ありとあらゆる音楽を、リズムやアレンジ、テンポやコードという「横軸」で結びつける。十曲の自然かつ意外な流れを生み出すためには百曲、千曲ものストックが必要になる。反対に言えば、ジャンルやスタイルを問わないあらゆる音楽を収集しつづけることで、はじめて個性的な「つなぎ」が可能になる。毎月のイベントが生活の中心のようだった二十代の前半は、面白いミックステープをつくるため日々レコード屋に足繁く通い、その時々に目に留まったものを小遣いやバイト代の限りをつぎ込んで買い漁ったものだ。
 
 
だから長い間、ロックやソウル、ワールドミュージックにジャズとすべてのジャンルにおいてでたらめな順番で、膨大な量の音楽に触れ続けてきた。名盤も珍盤にも貴賎なく、古典的名作も評価の定まらぬ新作も順序なし。ある意味ビートルズもマイナーなファンクバンドも、前衛音楽も並列に聴き漁った。系統だった知識もないくせにと責められれば言い返す言葉もないが、音楽本来の自由な聴き方だと開き直ることもできる。ある意味デタラメなレコードの買い方をすることでハズレや失敗も多かったが、いつかどこかでつながり、理解できる日が来るという思いが、未知のものに投資することに対して背中を押してくれた。そうやって好きでないものも含めた幅広い分野の知識を積み重ねた。自分たちだけが特別だったのではない、あの頃はそんな時代だった。
 
 
ある日のバイト帰り、親の車で先輩を駅まで送った日のことを思い出す。車中で流れるアラン・トゥーサンの演奏を聴き、どのアルバムかを問われ、「FREE SOUL」というコンピレーションCDを見せたところ、不満そうな顔をして確かこんな意味のことをつぶやいた。
 
 
「こういう軽薄な捉えられ方をすると腹が立つんだよね」
 
 
十も歳の違わない先輩だったが、音楽の聴き方の差は歴然としてあった。アラン・トゥーサンの作品は、ニューオリンズのリズム・アンド・ブルースや古いジャズとともにあるべきで、白人が演奏するポップソングとは一線を画するべきだというのが正論だということはその一言でよくわかった。その時は何も言い返すことができなかったけど、半分は納得すると同時に、これが自分の聴き方だというちょっとした自負のような気持ちが湧いてきたことを憶えている。ニューオリンズの重鎮であるトゥーサンの演奏を、その曲の雰囲気だけを切り離して軽薄なディスコミュージックや白人シンガーソングライターと並列に収録したコンピレーションは、ある意味当時の空気を象徴していた。一九九〇年代の初頭、主にヒップホップのフィールドにおいてサンプリングという手法は一般化し、過去の音楽を引用して新しく音楽を作るアーティストたちが次々に登場する。そのアイデンティティでもあるジャズやファンクを引用した多くのラップグループよりも、教育番組のサウンドトラックやWASP好みのハードロックをサンプリングする、ナードな雰囲気を持ったデ・ラ・ソウルというグループに共感した。反対に、ヒップホップのアイコンとも言えるジェームス・ブラウンの楽曲「ファンキー・ドラマー」のドラムループに乗せて甘いラブソングを唄うピチカート・ファイヴの『女性上位時代』というアルバムにもショックを受けた。一世代上のリスナーたちがパンクに出会ったときのように、サンプリングミュージックによって開放感を感じたのが僕の世代だ。出会ったことのない過去の音楽は等しく新しい音楽であり、どのように並べるかでその意味を定義し直すことができる。先輩のように知識も経験もない自分にとっては、上の世代に対抗すべき手段として、「こういう聴き方だってありますよ」と提案する編集行為こそが唯一の武器だった。
 
 
未来は常に過去の中にあり、今も昔も等しく新しい。たくさんの情報を摂取して、それを並べ替えることで自分なりの表現ができる。あの日の爽やかな反抗心を持ち続けていまも仕事をしている。あれから二十年近く経って、レコードが本に取って代わっただけ。今日もミックステープづくりと変わらぬルーティンをこなし続けている。古い本も最新刊もはじめて出会う人にとっては新刊と同じ。モダンジャズとイージーリスニングをつなげるようにして、人文書の隣にコミックを並べることで生まれる鮮やかな異化作用。時代を超えて同じテーマを扱った本がつながるグルーヴ感。日々膨大な数の本が刊行され、流行のジャンルが生まれては消えていく出版業界。流行りのジャンルやベストセラーを追いかけるわけではなく、俯瞰し、関係性や組み合わせの面白さだけを追求し続ければ、その店は時代とともに消費されることもないはずだ。そんな視点を与えてくれたのは、過去の音楽がつねに新しいものと共にあり、センスが知識に拮抗した、九〇年代というエアポケットのような時代だった。

 

 ( 毎月第4月曜更新 )


著者プロフィール

堀部 篤史  Atsushi Horibe
1977年生まれ。誠光社店主。著書に『街を変える小さな店』など。

 

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