絵・マメイケダ

6時間目の授業が終わるのがたしか15時を過ぎる頃。「終わりの会」やなんかが長引いても、急いで帰ればまだその番組に間に合う。小学校高学年の頃僕は、ダウンタウンという尼崎出身のコンビがホストを務めるバラエティ番組「4時ですよ~だ」に夢中だった。ある日の夕方、学校から帰り、息を切らせてテレビのチャンネルを「4」に合わせると、番組の終盤あたりで珍しく外国人タレントがゲストとして登場していた。『ロッキー4』のドラゴ役で当時の茶の間でもお馴染みだったアクション俳優ドルフ・ラングレンだ。おそらく同時期に公開される映画の「番宣」(当時はこんな言葉誰も知らなかったけど)にやってきたのだろう。出演者全員が「おもろいことを言う」という一点にのみ集中する修羅場のような舞台上で浮いた存在であったことは子どもの目にも明らかだった。通訳を介しての会話はちぐはぐではずむこともなく、イライラした様子の浜田がついにドルフの後頭部をドツき、こう言い放った。
 
 
「なんかおもろいこと言えや!」
 
 
ショックだった。ハリウッドからやってきた白人俳優が丁重に扱うべきちょっとしたVIPであるということは小学生でもなんとなく理解していたし、ましてや相手は2メートル近い大男である。いや、それ以前に「おもろいこと言う」のはアクションスターであるドルフのミッションではない。浜田は不機嫌そうに不条理極まりない台詞を吐き捨てた直後、事もあろうにカメラの前で放屁したのだ。そのときのドルフ・ラングレンの反応は不思議と記憶に残っていない。あれは夢だったのだろうか。世紀をまたいだある日、ふと思い出して検索してみると、某掲示板にて同じシーンを目撃して衝撃を受けたという誰かの書き込みを発見した。そう、びっくりしたよね。ジミ・ヘンドリックスがステージ上でギターを燃やしたり、ボブ・ディランがある日突然エレキ・ギターを演奏し始めたのを目の当たりにした聴衆はこんな気持ちだったのかもしれない。その日以来、ダウンタウンは長きに渡って僕のヒーローの座を守り続けることになった。
 
 
同じ頃スタートした深夜番組「夢で逢えたら」を観るため、毎週末友人宅に押しかけては腹を抱えて笑い、感想を述べあっては真夜中過ぎに帰宅した。まだ小学校を出たての子どもだったけど、実家の蕎麦屋に配達に来てくれていた米屋の「はなれ」だから心配はない。親同士のネットワークがあるから遅くなってもお咎めなし。商売人の子どもたちってそういうものだった。コント番組『ごっつええ感じ』は録画し擦り切れるほど観返したにも関わらず、DVDソフトもすべて購入した。乖離性障害と思わしき料理研究家を演じた「キャシイ塚本」や、うだつのあがらない日雇い労働者が昼間から子供相手にくだを巻く「ミラクルエース」など、本来テレビにはいない存在として隠蔽されていたマージナルな人々を彼らが演じる度、ブラウン管の前で狂喜した。クラスでそれらのコントの話をできる人間とは体育会系、文化系の派閥を超え仲間意識すら芽生えたが、ダウンタウンに心酔するような連中とはずっと一定の距離を感じていた。その頃から彼らのことを天才だと褒めそやす連中は多かったが、僕にとって彼らは決して崇拝すべき対象ではなかった。
 
 
どこかの雑誌でミュージシャンの甲本ヒロトがダウンタウンをこう評していた。
 
 
「ダウンタウンを犬に例えると拾われてきた野良犬で、名前はペス。庭先で飼っているのだが頻繁に逃げ出す。そんな雑種犬なのに火の輪くぐりも軽々とできるのがすごい」
 
 
細部はうろ覚えだが、文脈は間違ってはいないはずだ。これほど簡潔で的確なダウンタウン評を他に知らない。要するに血統書付きのエリート芸人ではなく、ガラの悪いアウトローがテレビというマスメディアのど真ん中を堂々と闊歩しているからこそ、その振る舞いに溜飲が下がる思いをしたのだ。家族で食事中に観るのことを憚れる番組、決して真似をしてはいけない人たちの真似ごと。それらは最大公約数を対象とするテレビだからこそタブー視されることで、例えば小説や映画のように、送り手と受け手の間にある程度の能動的な契約(選んで購入しなければ目に入らない)があってはじめて結びつくメディアでは決して過激でも珍しいことでも何でもない。ダウンタウンは誰もが受動的に目にしてしまうテレビという茶の間に闖入し、良識や権威に小便をかける野良犬のような存在だった。
 

 
深夜のエロ番組や、志村けんの「バカ殿」で観るヌード、街頭ロケで出くわす放送事故に近い一般人の受け答えなど、かつてのテレビには、内部の人間の意識、無意識を問わず、異端の番組や事故が少なくはなかった。ブラウン管の中の事故や異物は、その向こうにいる大勢の良識の存在を前提にしているからこそその過激さや違和感を実感することができる。いまや24時間無修正エロ動画が見放題のインターネットで、ヌード画像をたまたま目にしたところで興奮することすらないだろうし、ジョン・ウォーターズの『ピンク・フラミンゴ』ような「シモネタ」を観た以上、ミニシアターでどんな表現に出会っても驚きはしない。モニターを通して観る以上、過激さも面白さも、いつどこでどのように触れるか、つまりメディアの種類と切り離すことができないのだ。
 
 
2007年、松本人志は映画という「テレビよりも芸術性の高いメディア」にテレビのマナーを持ち込んだ初監督作品を発表し、大コケにコケただけでなく、テレビの中では批評はおろか、口にすることすらタブーにしてしまった。その瞬間、僕とダウンタウンの蜜月は終わった。それは、ビートたけしが映画という「テレビとはまったく別の舞台」で、芸名を捨て、映画の素人として鮮やかな出発をしたのとは全く別の出来事だった。テレビという権威の中に闖入した異端者が、テレビ・映画間の存在しないはずのヒエラルキーを垂直に駆け上がろうとして見事に落下する。少なくともぼくにはそのように見えたし、その構図はぼくの好きだったテレビそのものを貶めるようで観ていられなかった。コントや大喜利の審査をしたり、その面白さの構造を解説してしまったりした途端に、面白い人ではなくなってしまう。権威とされている人がどんなに「おもろいこと」を言っても鼻白むだけだ。
 
 
それからいまにいたるまで、テレビ局の自主規制ぶりと、最大公約数に向けた番組作りは拍車がかかるばかり。いまではかつてのテレビにあった自由度を求めて、動画配信サービスを舞台にさまざまなバラエティ番組が制作されるようになった。これからますます過激なコンテンツは外部へと流出していくのだろう。しかし、はじめから過激なことができる自由度が補償された動画コンテンツで、どれほどのタブーを破っても、そもそもそれに眉をひそめる人たちはモニターの前にはいない。そこにはまた別のルールと文法が存在するのだ。
 
 
それでも僕は毎週テレビの前にかじりついてダウンタウンの番組を観ている。欠かさず録画しているのは『水曜日のダウンタウン』ぐらいだけど。
この番組ではかつてのダウンタウンの役割を制作スタッフが担っている。悪意に満ちた編集とナレーションで、ハゲや歯抜けなど身体的特徴をネタにし、しばらくテレビ方は姿を消していたミゼットプロレス(小人プロレス)まで登場させ、視聴者からの苦情やBPOからの意見書をもらいながらも、昨今のテレビにおける野良犬のような振る舞いは、番組そのものがかつてのダウンタウンの存在と重なって見えてくる。ダウンタウンはすっかり偉くなってしまったけど、野良犬が闖入する余地がある限りぼくはまだまだテレビの前から離れることはできない。仲間内だけが集まる地下室でどんなに過激なことが行われていたって、何も感じなくなってしまったから。

 

 ( 毎月第4月曜更新 )


著者プロフィール

堀部 篤史  Atsushi Horibe
1977年生まれ。誠光社店主。著書に『街を変える小さな店』など。

 

©夏葉社