第32回 場をつくるということ 〜伊藤幸太さんの話(5)


 
 2011年の東日本大震災をきっかけに本屋をやりたいと思った伊藤幸太さんは、2015年9月、西荻窪に忘日舎を開く。42歳だった。
 開店してすぐのころに取材したとき、「生活の立ち寄り場所としての本屋さんをやりたい」と伊藤さんは話していた。
 
「当時は場が必要だって感じていましたし、だからそう話したのだと思います。ただ実際に開いてみて、それはわたしが言うべきことじゃなかったかもしれないと反省的に思うんです。おこがましいというか。
 店を開けていると、わたしに会いに来たという人もいるし、開いていてくれてありがたいと言われることもある。誰の心にも、場を必要としている気持ちみたいなところがあって、そのひとつとしての機能は果たしているんだと感じます。場を開いたことで、作家さんが来てくれたり、誰かと誰かをつなぐことができたり、とりあえず5年やってみて目指していたことのひとつは達成できたかなとは思います」
 
 場をつくったのは他ならぬ伊藤さん自身で、手応えも感じている。だがそれはすべて、本のおかげだ。これは発見だった、と伊藤さんは言う。
 
「本の存在、そのものの力です。わたしが自分の関心がある本を仕入れて、並べていくと、店が生成していく感じがするんですよね。生きものみたいに」
 
 しばし、伊藤さんの言葉を反芻する。店が生成していく……それはどこか、自分が薄まっていく感じだろうか。
 
「そうそう、どんどん自我がなくなっていく感じですね。それがすごく心地よくて、逆にストレートに自分が出せるようになる気がします。できれば存在を消して、この場所だけが残る、そんなことを考えたりします」
 
 書店で本を選んでいるとき、自我の境界が薄まっていく感覚に襲われることがある。棚に並ぶ本が互いに手を取り合って、小声で、でも聞き流せない圧力で主張してくる。店主がなんらかの意図で配置した並びをたどりながら、本の渦に積極的に巻き込まれていくと、次第に自分の足下があやふやになってくる。本棚という生きものに、自分が吸い込まれていくような感覚。その本棚をつくっている店主までもが、似たような感覚をもっていたとは。落語の『蛇含草』のように、人間を“溶かす”何かが、本には備わっているのかもしれない。
 
 忘日舎という場を開き続けながらも、伊藤さんは、自分の店をあまり意味づけしたくないという。
 
「店をやり続けていくと、自分の店はお客さんや、作家さんや、いろいろな人の関わりの中でできているということがわかってくるんですね。書店にはそれぞれのカラーがあるわけですけど、店主ひとりで成り立っているわけではない。店主の個性も出ているかもしれないですが、店に来てくれる人と一緒につくる、というのが今はとてもしっくりきています。
 店は“本がある場所”なんですが、挑戦していかないと広がらないとも思っています。知らないジャンルを書店側が学んでいかないと変わらない。だからハンセン病文学の読書会などは、自分にとってものすごく勉強になりました」
 
 本を買いにくる人、店主と話しにくる人、読書会に参加する人など、本屋さんという場にはさまざまな目的で、それぞれの思いを抱いて人が集まってくる。いっぽうで店主は、本を売る、という一見シンプルなことを日々考え、試行錯誤を続けていく。中心にある「本」そのものの吸引力の大きさを改めて実感する。本しか売っていない場所に、多種多様な人たちが集まってくる。
 
「いつも、なんでこんなことやってるのかなって思いますよ。ひとりで。お金にもならないし。経営もがんばらないといけないですね。……疲れきってますけど。
 でもやっていくうちに、必要としてくれている人が、ぽつぽついらっしゃるんです。昨日の最初のお客さんは、開口一番、ご自身のアイデンティティについて、すらっとおっしゃるんですね。かつて海外にいたときの、人種や国籍、性別など関係なく、ふつうに人びとが交差するような感覚を思い出しました。そんなときはとくに、店やっててよかったなって思います」
 

( 毎月第4水曜更新 )

過去の連載を読む

第1回 はじめに
第2回 いま、本屋を一からやり直している~日野剛広さんの話(1)
第3回 いくつかの転機~日野剛広さんの話(2)
第4回 「良い本屋」ってなんだろう~日野剛広さんの話(3)
第5回 はじめての本屋さん
第6回 百科事典が飛ぶように売れたころ〜海東正晴さんの話(1)
第7回 時代が変わる、売り方も変わる〜海東正晴さんの話(2)
第8回 本とレコードに囲まれて〜海東正晴さんの話(3)
第9回 本屋さんの最終型とは〜海東正晴さんの話(4)
第10回 つくば科学万博のころ〜徳永直良さんの話(1)
第11回 四国で暮らしていたころ〜徳永直良さんの話(2)
題12回 つくばの本屋さんで、できること〜徳永直良さんの話(3)
第13回 書店員ののちに始めた新しい仕事について〜徳永直良さんの話(4)
第14回 落ち穂拾いの日々〜徳永直良さんの話(5)
第15回 書店員として働きはじめたころ〜下田裕之さんの話(1
第16回 早春書店を立ち上げるまで〜下田裕之さんの話(2)
第17回 80年代のことしか考えていなかった〜下田裕之さんの話(3)
第18回 下田さん、サブカルってなんですか?〜下田裕之さんの話(4)
第19回 インフラとしての本屋を成立させるために〜下田裕之さんの話(5)
第20回 新刊と古書を置く店をつくる〜小国貴司さんの話(1)
第21回 札幌、八戸、立川に暮らしたころ〜小国貴司さんの話(2)
第22回 演劇と古本屋巡りの日々〜小国貴司さんの話(3)
第23回 新刊書店から古本屋へ〜小国貴司さんの話(4)
第24回 帳場のなかのジレンマ〜小国貴司さんの話(5)
第25回 宮子書店のこと〜本屋さんをめぐる体験(1)
第26回 本棚を眺める日々〜本屋さんをめぐる体験(2)
第27回 わかろうとしない読書を知る〜本屋さんをめぐる体験(3)
第28回 休業要請を受け入れた日々〜伊藤幸太さんの話(1)
第29回 「辺境」を表現する〜伊藤幸太さんの話(2)
第30回 10〜20代のころの体験〜伊藤幸太さんの話(3)
第31回 本を売る仕事に就くまで〜伊藤幸太さんの話(4)


著者プロフィール

屋敷直子  Naoko Yashiki
1971年福井県生まれ。2005年よりライター。
著書に『東京こだわりブックショップ地図』(交通新聞社)など。

©夏葉社

第31回 本を売る仕事に就くまで 〜伊藤幸太さんの話(4)


 
 1990年代前半、伊藤幸太さんは大学へ進学する。学部は法律学科だった。
 
「当時は何も考えていなかったので、どの学部でもよかったんです。ただ、土屋恵一郎という法学者のゼミ生だったんですが、これはおもしろかった。法哲学がテーマで、自分たちの社会を構成している法律をいろいろな角度から考える学問で、法とは何かを根源的に考えるんですね。ほかの学科の成績は悪かったんですが、そのゼミだけはちゃんと出席したし、成績も良かったです。フランスの結婚制度についての論文を書いたりしました」
 
 大学時代は、ひとりの時間が増えて本を読むようになった。まずはまったのは、村上龍。
 
「読みやすいですし、当時はやはりスーパースターみたいな位置づけでした。作家としていちばん多く読んだのは、いまだに村上龍かもしれないです。そののちに、カフカ、フランス文学といった、いわゆるクラシックな小説を読むようになりました。
 土屋ゼミでは哲学に関心がある学生が集まってくるんですけど、読んでいる本の話になって、村上龍を読んでるって言うと、ふーんって顔をされちゃうわけです。こちらも相手に『わたしはフーコーを読んでます』って言われてもね、はあ……って。当時は現代思想なんてぜんぜんわからなかったので」
 
 大学を卒業すると、公共事業を取材する業界紙をつくる会社に就職した。社会の仕組みを垣間見ることができて勉強にはなったが、仕事にはなんの魅力も感じられなかった。
 
「お世話になっています、という言葉をほんとうに言いたくなかった。たぶん、働くこと自体が嫌だったんですね。社会の仕組みを何もわかっていなかったし、ちゃんと働いているみんなに比べて自分はこんなにダメなんだ、不適格なんだって思いながら毎日会社に通っていたので、つらかったです。大学時代は居酒屋、コンビニ、編集プロダクションなどいろいろなアルバイトをしましたが、そのときより賃金は低かったから、さらに暗黒の気持ちです。働くって、こんなにおもしろくないことなのかって」
 
 暗黒の日々を3年ほど過ごし、2002年に渡米、ニューヨークのコミュニティカレッジに通った。05年に帰国すると、もっと勉強したいという気持ちから大学院を受ける。
 
「調子にのって、よりによって某国立大学の大学院を受けたんです。試験は、英語とフランス語と論文、そのあとに面接。準備期間は半年で、当時はすごく集中して勉強できたんですが、まあむちゃくちゃですよね。一次試験は通ったんですが、面接がいけなかった。大学院で研究したいという明確なものを提示できなかったんです。どこかに働きたくないから大学院に行くという“逃げ”がありました。もうひとつ、まわりがみんな働いているのに、30歳を過ぎて大学院で勉強するということの、ある種の圧に耐えられるのかという迷いもあった。落ちてほっとした……というのもありました」
 
 伊藤さんは二度目の就職をするが、労働に対して前向きになることはなく、労働について考えることも嫌気が差し、生きることは我慢することとあきらめた。一方で、小説を書いて応募するなど、読んだり書いたりすることの切実さが増してきた時期でもあったという。
 だが2011年、東日本大震災がおきて、伊藤さんの意識は一変する。目標をしっかり立ててやってみることが、人生に一回くらいあってもいいのではないか。
 
「当日、7階のビルにいたんです。ものすごく揺れて、コピー機がぐわーって動いていく。死ぬって思ったし、のちに原子力発電所が爆発したときは戦慄しましたよね。
 これからどうすればいいのかを考えていくうちに、本屋やりたいなって思ったんです。
 もしかしたら、本屋をやりたいって思ったのは、このときがはじめてかもしれない。昔からずっと思っていたことではないです。本や言葉に関わる仕事がしたい、自分が関心をもっているところと近いところで仕事をしたいって思ったんです」
 
 ちょうどそのころ一箱古本市の存在を知り、すぐに参加したいと思った。
 
「自分の本をどうにかしたいというのもありましたが、いざ参加してみたら開放感が心地良くて、本の可能性みたいなものをあらためて感じました。本で何かができるっていうきっかけをくれたと思います。もっといえば、自分で構えてしまいさえすれば、なんでもできるんじゃないかって思ったんですよね」
 
 震災後、伊藤さんは当時働いていた会社のほかに、新刊書店でアルバイトをはじめる。自分の店をやることを前提として、「本を売る」ことの実務を初めて経験することになった。
 
「1年半くらいやってみて、ほんとうに嫌だったのは返品です。6〜7時間働くとして、そのうちの2時間は段ボールに本を戻している。自分の店に置く新刊は、自分が売りたいものだけ売ろうと思いました。いま新刊は、買い切りと委託が半分ずつくらいですが、返品はこの5年で5回くらいです。これでも多いくらい。売り切りたいです」
 
 忘日舎は古書店ではあるが新刊も置いていて、開店時に比べると、その数は増えてきている。自社の本を店に置いてほしいといってくる小さい版元も多いという。店内中央の平台には、他の店ではあまり見かけないような本が面陳されていたりする。
 伊藤さんは、これまでの自分の経歴が、本や本屋と深くリンクしていないことに引け目を感じている面があるという。
 
「ずっと書店員を続けているのではなく、職業を変えているのは大きいです。でもこの引け目とは何かということを、ほんとうは考えたほうがいいとは思っているんです。引け目に感じなくてもいいかもしれないものに対して、ある種の暗さみたいなものを抱えている」
  
 第29回で、わたしは忘日舎の本の並びが「伊藤さんの意志で、選んで置かれているように見える」と書いた。それは自身の出自や、これまでの体験、逡巡、挫折の末に選ばれた本だ。抱えている引け目すらも、本の並びにあらわれているかもしれない。売れ筋や世間の話題におもねらない、伊藤幸太さん自身の本の数かず。本がもつ潜在的な力は、はかり知れない。

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第29回 「辺境」を表現する〜伊藤幸太さんの話(2)
題30回 10〜20代のころの体験〜伊藤幸太さんの話(3)


著者プロフィール

屋敷直子  Naoko Yashiki
1971年福井県生まれ。2005年よりライター。
著書に『東京こだわりブックショップ地図』(交通新聞社)など。

©夏葉社

第30回 10〜20代のころの体験 〜伊藤幸太さんの話(3)


 
 
 西荻窪の古書店「忘日舎」の店主、伊藤幸太さんは、1973年に神奈川県川崎市の百合ヶ丘に生まれた。
 
「両親は書評紙の編集者だったので、家に本がたくさんあったほうだと思います。特定の作家が好きというタイプではなくて、文学全集が多かったです。当時は全集を買うのが流行っていたし、ステイタスのようなものでもありました。ふたりとものちに新聞社に移って記者になるんですけど、そのせいか家庭内で政治や社会の話をよくしていた記憶があります」
 
 小学校から中学校にかけては、音楽が好きだった。
 
「小学4年生くらいのとき、ビートルズの『Here There and Everywhere』という曲に衝撃を受けました。タイトルも場所がはっきりしない感じで、その不思議な感覚に惹かれてずーっっとこの曲ばっかり繰り返して聞いていました。たぶん両親のどちらかが聞いていたテープが家にあったんだと思います。
 中学に入ると『FMステーション』という雑誌を買ったり、『ベストヒットUSA』を観たり、貸しレコードをカセットに録音して自作のテープをつくったり、洋楽にはまっていました。a〜ha とか、カルチャー・クラブとかです。でも邦楽も聞きましたよ。雑食です。アイドルには、あんまりいかなかったですね。寺尾聰が好きでした。実力派だし、すごく渋いなって」
 
 実力派といえば、ジュリーはどうですか。
 
「ジュリーは最高ですよ! そうだ、ジュリーにはすごくはまってました。思い出しました。テレビに出てきたら、帽子をこう…斜めにかぶって歌う真似したりして、原体験ですね」
 
 中学では軽音楽部に入り、2年生のときにはイシバシ楽器でギターを買った。
 
「なんでギターだったのかっていうのは……なんとなくですね。理由はなかった。独学だから、ほんと上手くないんですけど。初めて人前で披露したのは、中学の近くに養護学校があって、学校交流の一環で校庭で演奏したときです。ハウンドドッグの『ff (フォルティシモ)』。いやこれは先生が曲目を決めたからですよ」
 
 大学に入ると、黒人音楽をよく聞くようになる。なかでも、カーティス・メイフィールドの弾くギターに魅了された。インプレッションズというバンドのボーカル・ギターを担当するミュージシャンだ。
 
「彼のギターのスタイルが、いまなお自分にいちばんしっくりきています。『ピープル・ゲット・レディ』という曲が有名で、ジェフ・ベックとロッド・スチュワートがカバーしたりしてます」
 
『ピープル・ゲット・レディ』は、1965年に発表された曲で、アメリカの公民権運動を背景につくられている。差別に苦しむ黒人を静かに鼓舞する歌詞で、カーティス・メイフィールドのギターはどこか語りかけるような穏やかさと、耳を傾けずにはいられない切実さがある。
 
「大学当時は気にしていなかったんですけど、彼は公民権運動のときにしっかり発言していると思います。久しぶりに思い出して聞いているんですが、社会状況的にミュージシャンがこういう発言をするのは、いまのほうがよりリアリティを感じます」
 
 大学時代は、ひとりの時間が増えたこともあって、系統立てて音楽を聴くようになった。幼少期に衝撃を受けたビートルズを全部聴き、ローリング・ストーンズを全部聴き、そののちブルースを……と、ルーツをたどっていく。同時に、本もむさぼるように読み始めた。
 
「いま、この店の成り立ちについて考えると、大学以降に本が好きになったことと、もうひとつ忘れられないできごとがありました。
 中学、高校と一緒だった友人がいて、彼もわたしも浪人していたんですね。ある晩、ふたりで酒を飲んでいたときに、彼がすごく深刻な顔をしているんですよ。父親から言われたんだけど、俺ね、日本人じゃないんだって言うんです。つまり在日なんだっていうことを自ら言ったわけです。
 これには伏線があって、この日の1カ月くらい前に、原付で2人乗りをしていて警察に捕まったんですね。彼が運転していて、わたしは尋問に立ち会うって言ったんですけど、俺ひとりでいいから帰ってくれって、かなり強い口調で言うんです。あれは、免許証に記載されている本名を見せたくなかったんだって、それを涙ながらに話しました。これはなんだろう、この国ってなんだろうっていう問いが、わたしのなかではじめて生まれたときですね」
 
 そのとき、なにか言うことができただろうか。
 
「なにも言えなかった。自分も不勉強だから、そうかーとしか言えなくて。自分のなかでも整理ができていない。その後、大学に入っても、就職しても、ちゃんと話はできませんでした。わたしは一度、就職したのちに渡米して、そこでやっとアイデンティティのようなものに気がつくようになる。彼も、わたしよりすこし前にアメリカに行って、いまもそのまま暮らしているみたいです」
 
 自身のファミリールーツにくわえて、友人のひとことが、店づくりの根本にある。それは、本を多く読むこととはまた違った種類の体験として、伊藤さんの血肉となっている。

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第6回 百科事典が飛ぶように売れたころ〜海東正晴さんの話(1)
第7回 時代が変わる、売り方も変わる〜海東正晴さんの話(2)
第8回 本とレコードに囲まれて〜海東正晴さんの話(3)
第9回 本屋さんの最終型とは〜海東正晴さんの話(4)
第10回 つくば科学万博のころ〜徳永直良さんの話(1)
第11回 四国で暮らしていたころ〜徳永直良さんの話(2)
題12回 つくばの本屋さんで、できること〜徳永直良さんの話(3)
第13回 書店員ののちに始めた新しい仕事について〜徳永直良さんの話(4)
第14回 落ち穂拾いの日々〜徳永直良さんの話(5)
第15回 書店員として働きはじめたころ〜下田裕之さんの話(1
第16回 早春書店を立ち上げるまで〜下田裕之さんの話(2)
第17回 80年代のことしか考えていなかった〜下田裕之さんの話(3)
第18回 下田さん、サブカルってなんですか?〜下田裕之さんの話(4)
第19回 インフラとしての本屋を成立させるために〜下田裕之さんの話(5)
第20回 新刊と古書を置く店をつくる〜小国貴司さんの話(1)
第21回 札幌、八戸、立川に暮らしたころ〜小国貴司さんの話(2)
第22回 演劇と古本屋巡りの日々〜小国貴司さんの話(3)
第23回 新刊書店から古本屋へ〜小国貴司さんの話(4)
第24回 帳場のなかのジレンマ〜小国貴司さんの話(5)
第25回 宮子書店のこと〜本屋さんをめぐる体験(1)
第26回 本棚を眺める日々〜本屋さんをめぐる体験(2)
第27回 わかろうとしない読書を知る〜本屋さんをめぐる体験(3)
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屋敷直子  Naoko Yashiki
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著書に『東京こだわりブックショップ地図』(交通新聞社)など。

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第29回 「辺境」を表現する〜伊藤幸太さんの話(2)


 
 
 西荻窪の古書店「忘日舎」は、幅広くさまざまなジャンルの本を置く店ではない。棚に並ぶのは歴史・文学・人文が中心でありながら、韓国文学、詩集、差別問題など、店主の伊藤幸太さんの“意志”を感じる本が目に付く。それらは一般的には売れ筋とはいえないが、著者や出版社の切実さが伝わってくる。世の中のメインストリームではないかもしれないけれど忘れてはならない問題で、目をそむけずに向き合ってほしい。そうした静かな熱を帯びた本たちだ。
 2015年に開店したときに伊藤さんは、自分の店で「辺境」を表現していきたいと話してくれた。「辺境」とは、具体的にどんな分野のことなのか。ハンセン病や在日朝鮮人など、忘れられがちな歴史、地域、社会問題などを扱ったもの、とわたしは勝手に解釈している。店を訪れるたびに、少しずつではあるが、そうした本が増えていっているように思えたからだ。伊藤さんの意志で、選んで置かれているように見えた。
 どんな思いで、本を選んでいるのだろう。
 
「開店当初の本の並びより、より周縁化してきているかもしれないです。どうしてこういう本を置いているのかというのは……自分の幼少期、出自の話になってくるんですが」
  
 ひと呼吸おいてから、話を続ける。
 
「わたしの父母と、両方の祖父母は、朝鮮からの引揚者なんですね。もっというと植民者です。父が半島のどこから戻ってきたかはわかりませんが、母は元山というところから38度線を越えて日本へ戻ってきました。父は1945年、母は1946年、彼らが10歳くらいのときのことです。わたしは小学生のころから両親が引揚者だっていうことは聞かされて知っていたんですけど、同級生と親の話をすることはありませんでした。
 でも社会に出るようになると、なんかちょっとおかしいぞって思うようになるわけです。わたしはたまたま日本国籍をもっている日本人だけど、在日の人たちは通り名を使っていて、ほんとうの名前は違うということを聞くようになる。差別などで苦しい思いをして生きている人たちを何人も知ることになって、どうしてそういうことが起きているのかを知りたくなった。自分がまったく勉強していないことに気づきました」
 
 伊藤さんは一度就職したのち、2002年にアメリカに渡り、ニューヨークのコミュニティカレッジに2年半ほど通う。そこで痛感したのは、自分がマイノリティだということだ。
 
「アメリカからみたら、日本なんてまっったくといっていいほど相手にされていないっていうことが、ほんとうによくわかりました。日本に住んでいると、アメリカと日本は対等のように思うかもしれないんですが、まったく違います。新聞には日本の記事なんてめったに載っていません。これには相当ショックを受けました。
 ニューヨークに憧れていたというか、アメリカのなかでもちょっと独立したところがあるような気がしていたんですね。それで会社で働いて貯めたお金を全部使って渡米しました。いざ行ってみたら、ものすごい金持ちがいる一方で、ものすごい貧乏な人たちがいる。わたしは当然、貧乏な地域で暮らしていました。中国系の華僑のおばあちゃんが大家のアパートを借りて、隣りはメキシコ人がやっているピザ店、その隣りが韓国系のクリーニング屋さん、角を曲がるとバングラデシュ系のスーパーマーケット、というところです。全員マイノリティで、なんとか頑張って生きている」
 
 激しい格差社会を目の当たりにした一方で、図書館や書店の充実に刺激を受けた。
 
「映画にもなったニューヨーク公共図書館は、“公共”といっても民間に委託しているんですが、とても充実しているんです。無料でパソコン教室があったり、美術館と連携していたり、ミニシアターがあったり。ミニシアターの料金は、ドネーションといっていくらでもいい。お金がなかったら、1ドル札だけ入れて、1日中映画を観ることができました。書店もたくさんあって、読書会や勉強会が開かれている。文化が砦になっているというか、お金がなくても学ぶことができて、お互いに違いがあるなかでコミュニティをつくっているのがいいなあって思ったんです。この街に身を置いたことが、いまの店につながっているかもしれないな、とは思います」
 
 自らの出自と、アメリカでの体験が、伊藤さんを支える太い骨となっている。このふたつの話を一気に聞いて、こちらから質問を差し挟む余裕もなく、重いパンチをただ受けるような心持ちで聞いた。聞き終わって店内を見わたすと、1冊の本の重みがそれまでとは違うように感じる。
 
「わたしのルーツのひとつである朝鮮というキーワードは、日本の社会ではなんとなく会話のテーマとするのがはばかられるようなところがあると思います。わたしにそういう部分がまったくないとは言えない。内緒で、こそこそと小さな声で話さなきゃいけないような“何か”がある。かといって、大声で話したら何かが届くのか、といえば必ずしもそうではない。在日の人や、ハンセン病の人が書いた詩を読む読書会を開催していますが、地道に、とても地味に、こういうことをやってみます、という感じなんですよね。
 ファミリールーツを追いながら、自分がもっとよく知りたいと思うことを本に教えてもらいながら、お客さんと一緒に楽しんでいきたいというのが、この店でやろうとしていることなんだと思います」
 
「辺境」を表現する、というのはかなりの難業だ。でも伊藤さんは、小さな一歩を踏み出し続けている。こつこつと、着実に。

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第17回 80年代のことしか考えていなかった〜下田裕之さんの話(3)
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第19回 インフラとしての本屋を成立させるために〜下田裕之さんの話(5)
第20回 新刊と古書を置く店をつくる〜小国貴司さんの話(1)
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第23回 新刊書店から古本屋へ〜小国貴司さんの話(4)
第24回 帳場のなかのジレンマ〜小国貴司さんの話(5)
第25回 宮子書店のこと〜本屋さんをめぐる体験(1)
第26回 本棚を眺める日々〜本屋さんをめぐる体験(2)
第27回 わかろうとしない読書を知る〜本屋さんをめぐる体験(3)
第28回 休業要請を受け入れた日々〜伊藤幸太さんの話(1)


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屋敷直子  Naoko Yashiki
1971年福井県生まれ。2005年よりライター。
著書に『東京こだわりブックショップ地図』(交通新聞社)など。

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第28回 休業要請を受け入れた日々〜伊藤幸太さんの話(1)


 
 2020年のはじまりとともに未知のウイルスが世界中に広まり、人びとの生活は一変した。
 4月7日には、東京都をはじめとする7都道府県で緊急事態宣言が出され、「人と人の接触機会を最低7割、極力8割削減できれば、2週間後には感染者の増加を減少に転じさせることができる」として、外出自粛が呼びかけられた。
 東京都では休業要請が出され、5月6日までに20日間休業した店には「感染拡大防止協力金」として50万支給されると発表されたのが4月15日。翌16日からの休業か、支給なしか、という判断をたった一晩で下さなくてはならなくなった。古書店は、この協力金が適用される業種だったが、新刊書店は「生活必需品を扱う」として対象外となり、同じ本を売る業種として対応が分かれたことも混乱を招いた。
 こうした行政からの要請に関わらず、店を開くことで感染を広げてしまうかもしれないという恐れから、休業に踏み切ったところも多い。店を開けるか、閉めるか、という根源的な問題を、得体の知れない力によって否応なしに突きつけられたのだ。
 
 これから始まるシリーズは、東京・西荻窪の古書店「忘日舎」の伊藤幸太さんのお話だ。2015年に開店したときに取材させてもらい、東日本大震災をきっかけに店をやろうと思ったこと、「辺境」を感じる本を揃えていきたいと思っていることなどをうかがった。
 今年からはじまった「やわらかくひろげる ハンセン病文学を読む」という読書会に参加したことで、もうすこし深く、伊藤さんの話を聞いてみたいという思いが強くなった。読書会は1月に始まり、月一開催で6回予定だったが、途中、コロナウイルスの影響で中断。忘日舎もまた、店を開けるか閉めるかという問題に直面する。
 
「東京都の感染拡大防止協力金が翌日から休まないともらえないと知って、その日、4月16日から休みました。迷ったんですけど、休むことにしました。ただものすごく悔しかった。自分のなかでトラウマになるくらい」
 
 それはどんな悔しさだったのだろう。
 
「…なんていえばいいんでしょうね…その…行政といわれるものから、結果として営業停止しなさいという圧力をかけられたわけですよね。その力がものすごく強くて、そんな力に屈しまいとしていたのに、やっぱりお金がちらついた。どうしても。自分がそういうものに対して妥協してしまった、自分がやろうとしていることと矛盾してるんじゃないかって思いました。こういうときこそ開ければいいのに。
 この悔しさをどうやって解消すればいいか考えた末に、『休業という仕事をしている』というように切り替えたんですね。仕事したくなくて仕事をしていないんじゃなくて、休業しろっていう仕事を課せられている。そう自分に言い聞かせてはいたけど、やっぱりつらかったです」
 
 伊藤さんは言葉を探しながら話す。
 
「あのときツイッターを見ていて、書店どうしでもちょっとした価値観の相違みたいなものはあったように感じたし、みんな個別にがんばっているのが伝わってくるから、自分が試されているように思いました。当時のことは、まだうまく言えないところがあります」
 
 5月6日まで休んだものの、緊急事態宣言は延長され、東京都の休業要請も再び出されて、もし休めばさらに50万支給されることとなった。でも、伊藤さんは5月17日、店を開ける。
 
「とっても天気が良い日曜日でした。温かくてね。なんで開けたのかは…覚えていなくて、腹が立ったのか、気持ちが滅入っていたのか、50万はもらえなくなったわけですけど。
 あの日は遠くからいらっしゃった方もいて、かなり売上げがあったんですよ。夢野久作の全集と澁澤龍彦の文庫など、段ボールに詰めるほど大量に買ったお客さんがいて、もうびっくりしちゃって、金額の計算を間違えそうになりました。みんな本を求めているというか、貪欲な空気がありました」
 
 1日、開けたものの、その後5月いっぱいは休業した。再び開店したのは、6月2日のことだ。
 とはいえ、伊藤さんは店にはよく来ていたという。大量に入荷した岩波文庫を整理して棚をつくったり、店の web shop を立ち上げたり、インスタライブで本の紹介をしたりした。
 
「インスタライブは、わたしは映らずに声だけで、ラジオのようにやりたかったんです。今でこそオンラインイベントがさかんですが、当時はまだみんな手探り状態で、誰かの声に耳を傾ける感じのほうが、伝わるような気がしたんですよね。ある意味“非常時”だったので、地下ラジオみたいなイメージで。時間は30分くらいで、30〜40人くらいが聞いてくれました。紹介した本は web shop にアップしていました」
 
 店は閉じていても、インスタライブでは、お客さんとつながっている感触があったという。これまでも、忘日舎は自分ひとりで成り立っているわけではなく、お客さんや、店に関わるいろいろな人との関わりのなかで「空間が耕され、時間が蓄積されていく」と感じていた。
 今年、コロナ禍において、店をやっていくことについて、伊藤さんはどんな思いを抱いたのだろうか。
 
「店を主体的にやるというのではなく、こういう場所が『ある』ことを下支えしたいと思うようになりました。この店があることを維持する。店に関わる人との共同作業で、この場所をつくっていけたらいいし、書店をやる意味はある。だから自分のために店をやっているとは思わなくなりました」

( 毎月第4水曜更新 )

過去の連載を読む

第1回 はじめに
第2回 いま、本屋を一からやり直している~日野剛広さんの話(1)
第3回 いくつかの転機~日野剛広さんの話(2)
第4回 「良い本屋」ってなんだろう~日野剛広さんの話(3)
第5回 はじめての本屋さん
第6回 百科事典が飛ぶように売れたころ〜海東正晴さんの話(1)
第7回 時代が変わる、売り方も変わる〜海東正晴さんの話(2)
第8回 本とレコードに囲まれて〜海東正晴さんの話(3)
第9回 本屋さんの最終型とは〜海東正晴さんの話(4)
第10回 つくば科学万博のころ〜徳永直良さんの話(1)
第11回 四国で暮らしていたころ〜徳永直良さんの話(2)
題12回 つくばの本屋さんで、できること〜徳永直良さんの話(3)
第13回 書店員ののちに始めた新しい仕事について〜徳永直良さんの話(4)
第14回 落ち穂拾いの日々〜徳永直良さんの話(5)
第15回 書店員として働きはじめたころ〜下田裕之さんの話(1
第16回 早春書店を立ち上げるまで〜下田裕之さんの話(2)
第17回 80年代のことしか考えていなかった〜下田裕之さんの話(3)
第18回 下田さん、サブカルってなんですか?〜下田裕之さんの話(4)
第19回 インフラとしての本屋を成立させるために〜下田裕之さんの話(5)
第20回 新刊と古書を置く店をつくる〜小国貴司さんの話(1)
第21回 札幌、八戸、立川に暮らしたころ〜小国貴司さんの話(2)
第22回 演劇と古本屋巡りの日々〜小国貴司さんの話(3)
第23回 新刊書店から古本屋へ〜小国貴司さんの話(4)
第24回 帳場のなかのジレンマ〜小国貴司さんの話(5)
第25回 宮子書店のこと〜本屋さんをめぐる体験(1)
第26回 本棚を眺める日々〜本屋さんをめぐる体験(2)
第27回 わかろうとしない読書を知る〜本屋さんをめぐる体験(3)


著者プロフィール

屋敷直子  Naoko Yashiki
1971年福井県生まれ。2005年よりライター。
著書に『東京こだわりブックショップ地図』(交通新聞社)など。

©夏葉社

第27回 わかろうとしない読書を知る〜本屋さんをめぐる体験(3)

 
 自粛生活で家にいる時間が増えたが、本を読む気になれなかった。心の奥底がずっとざわついていて、長い文章がまるで頭に入ってこない。本棚を眺めて目についた本を手に取り、紙の手触りを感じ、ページをめくって文字の並びを目で追い、また元の場所に戻す。文字列の意味は頭を素通りしていく。仕事も生活もまったく忙しくないのに気持ちだけは落ち着きがなく、呼吸が浅くなった。
 かろうじて頭に入ってきたのが、詩だった。なにせ短い。文字列がただ素通りしていくこともあったが、作品によっては言葉のほうから手を伸ばしてきて、こちらの心臓をつかんでくるような感覚に襲われた。
 よく手に取ったのは『天野忠詩集』。昨年、池之端の「古書ほうろう」で買ったものだ。上梓された詩集から数篇ずつ抜粋した集大成の一冊で、総ページ数550、函入り上製本。ずしりと重く、詩人の一生をたどることができて味わい深い。生の悲哀や死が漂うなかにも、どこかユーモアを忘れない作品が多く、ふとした風景描写が穏やかで心のざわつきが静まるような気がした。夜、寝る前に適当に開いたページに目を落とし、脳内に情景を描いて深呼吸する。貴重な時間。とくに「途中」(詩集『電車』より)は毎回、読んだ。
 
  きのう私の家の屋根をたたいた雨が
  今日もしずかに電車の窓を濡らしている
 
 この一節がたまらなく好きで、ちいさな声で音読する。そしてちょっと泣きそうになる。
 
 詩に興味を持ち始めたのは、今年になってからだ。それまでは敷居が高く、苦手意識のためか、しっくりくる作品に出会うことも少なく、よくわからないものだった。正直なことを言えば、楽しみ方がわからなかった。考えが変わったきっかけは、読書会に参加したことである。
 西荻窪の古書店「忘日舎」で月に一回開催されている「やわらかくひろげる ハンセン病文学を読む」という詩を読む読書会で、それまで読書会というものに参加したこともなければ、詩にも興味がなかったのに、なぜか勢いで申し込みをした。自分でも理由はよくわからない。
 この読書会は、その場でじっくり読み、語るワークショップ形式で、編集者のアサノタカオさんが主宰。毎回1篇または複数篇の詩を取りあげ、全6回予定、次の10月開催回で最終回となる。ワークショップの意図についてアサノさんは、「その日の気分や直感で本のページをパラパラめくって、1行・1句の気になることばを見つける。そこに自分との関わりを見つけるコツさえつかめば、その本は今日という一日を豊かにしてくれる、あるいは人生という時間を豊かにしてくれる自分だけの一冊になります」と書いていて、とても気持ちが楽になった。「詩集だからこそできる1行・1句式の本の読み方、楽しみ方」を知りたいと思ったのだ。
 
 アサノタカオさんはまず、哲学カフェの話をした。元はフランスのパリで始まった討論会形式で、話すことよりも聞くことに重きをおき、いろいろな職業の人が参加するという。出入り自由、人の話は最後まで聞く、専門用語はできるだけ使わず自分の言葉で語る、という3つの約束があり、この読書会でもこの約束を踏襲することとなった。
 勉強や批評の場ではなく、読んだときの感覚を大切にして自分自身の内側へ向かって「やわらかくひろげる」こと。詩において重要なのは意味ではなく、感覚で味わうことが可能で、そのために「感じる」→「思う」→「考える」という三段階で読んでいくこと。こうした前提で、読書会は始まった。
 
 毎回、課題作品を2回、じっくり読む。1回は目で追い、2回目は指で文字をたどりながら。その後、気になった1行を発表し合う。どうして気になったのか、その1行から感じることなど、他の人の話に耳を傾ける。あるときは1冊の詩集から6篇の作品を読み、それぞれから気になった1行を選んで書き出し、その6行をつなげると、不思議と詩になっている、というユニークな読み方もした。
 これまでに取りあげたのは、塔和子、香山末子、谺雄二の3人。ハンセン病とはどんな病気なのか、これまでの隔離の歴史といったことは読書会では話さず(個人個人で調べるのはもちろん自由)、まっさらな状態で詩と向き合うことで、自分のなかに今までなかった感覚の言葉が根付いていくような気がした。わからない1行はそのままで、気になった1行から、やわらかくひろげていく。日によって受け取め方も違ってくる。自分のことにひきつけて味わっていい。正解はない。幾通りもある詩の楽しみ方を知ることができた。
 
『13(サーティーン) ハンセン病療養所からの言葉』(石井正則/トランスビュー)という本が、今年の3月に刊行された。国立ハンセン病療養所は全国に13あり、俳優の石井正則さんが各地をまわって撮影した療養所の写真と、入所者の方々が綴った詩が1冊にまとめられている。写真と詩はリンクしていて、互いを補い、詩の情景が立ち上がってくる。ハンセン病によって隔離され、家族とも引き離されて会うこともかなわず、一度入所したら二度と出られないといわれ、断種・中絶を強制され……といった差別の歴史のなかで、何かを表現せずにはいられなかった人びとの叫びだ。
 この本はもちろん、忘日舎で購入した。読書会に参加する前だったら読み飛ばしたであろう詩の部分も、一篇一篇をゆっくり読んでいる。わからなくてもいい、と思って読み始めると、不思議とすんなり言葉が入ってくる。
 わかろうとしない、を出発点とする。気になったところから、やわらかくひろげていく。詩に限らず、本の読み方のひとつとして、試していこうと思う。
 
 次回からは、この読書会が開かれていた忘日舎の店主、伊藤幸太さんの話を始める。5年前、開店時に取材したさい、伊藤さんはこの店で「辺境」を表現していきたいと話してくれた。なぜ「辺境」なのか、じっくり回り道をしながら話を聞きたい。

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第1回 はじめに
第2回 いま、本屋を一からやり直している~日野剛広さんの話(1)
第3回 いくつかの転機~日野剛広さんの話(2)
第4回 「良い本屋」ってなんだろう~日野剛広さんの話(3)
第5回 はじめての本屋さん
第6回 百科事典が飛ぶように売れたころ〜海東正晴さんの話(1)
第7回 時代が変わる、売り方も変わる〜海東正晴さんの話(2)
第8回 本とレコードに囲まれて〜海東正晴さんの話(3)
第9回 本屋さんの最終型とは〜海東正晴さんの話(4)
第10回 つくば科学万博のころ〜徳永直良さんの話(1)
第11回 四国で暮らしていたころ〜徳永直良さんの話(2)
題12回 つくばの本屋さんで、できること〜徳永直良さんの話(3)
第13回 書店員ののちに始めた新しい仕事について〜徳永直良さんの話(4)
第14回 落ち穂拾いの日々〜徳永直良さんの話(5)
第15回 書店員として働きはじめたころ〜下田裕之さんの話(1
第16回 早春書店を立ち上げるまで〜下田裕之さんの話(2)
第17回 80年代のことしか考えていなかった〜下田裕之さんの話(3)
第18回 下田さん、サブカルってなんですか?〜下田裕之さんの話(4)
第19回 インフラとしての本屋を成立させるために〜下田裕之さんの話(5)
第20回 新刊と古書を置く店をつくる〜小国貴司さんの話(1)
第21回 札幌、八戸、立川に暮らしたころ〜小国貴司さんの話(2)
第22回 演劇と古本屋巡りの日々〜小国貴司さんの話(3)
第23回 新刊書店から古本屋へ〜小国貴司さんの話(4)
第24回 帳場のなかのジレンマ〜小国貴司さんの話(5)
第25回 宮子書店のこと〜本屋さんをめぐる体験(1)
第26回 本棚を眺める日々〜本屋さんをめぐる体験(2)


著者プロフィール

屋敷直子  Naoko Yashiki
1971年福井県生まれ。2005年よりライター。
著書に『東京こだわりブックショップ地図』(交通新聞社)など。

©夏葉社

第26回 本棚を眺める日々〜本屋さんをめぐる体験(2)

 
 家の本棚を見て過ごす時間が増えた。並ぶ本の背表紙を1冊1冊ゆっくり見ていくと、買った店のことを思い出す。内容はうろ覚えでも、どこの店で買ったのかは覚えていることに、自分でもすこし驚いた。
 この本棚は日記のようなものだ。正確な日時はわからないが、場所と出会った人の記録。店主の顔や風体を脳内に浮かべて、元気かな、いまどうしてるかな、と思いを馳せる。自ら手にとったのではなく、店主が薦めてくれた本はとくに印象深い。
 
『文学者追跡 1990年1月〜1992年3月』(小山鉄郎/文藝春秋)は、西荻窪の「古書西荻モンガ堂」の店主、富永正一さんに教えてもらった本だ。お店の開店時に雑誌の取材でうかがったとき、わたしが作家の佐藤泰志の本を読んだことがないと話したら、富永さんは「それはよくない…」という表情をして、でもそのとき店に作家の著作はなく、「ではこれをまず読んでください」と渡されたのだった。
 著者の小山氏は文芸に強いジャーナリストで、この本は90年代の文学界の動きをたどったコラム集なのだが、そのなかに佐藤泰志の死についての文章がある。作家との初めての出会いが追悼文となったことはともかく、どうしても佐藤泰志という作家に触れてほしいという富永さんの熱意が伝わってきた。しかも「この本は差し上げます」と言う。掲載されている作家の写真は、どことなく富永さんに似ているように思った。
 帰宅して読んだその文章は、作家の最期を書きながらも人柄や作風が浮かび上がってくるもので、さっそく代表作である『海炭市叙景』を買って読んだ。ある町に暮らす市井の人びとの群像劇で、それぞれの日常が飾り気のない静かな文体でつづられている。風景描写もすばらしいが、何気ない会話のやりとりに独特のリズムがあり、日々の営みの積み重ねがとても愛おしくなる小説だ。
 
『池袋・母子餓死日記 覚え書き(全文)』(公人の友社編)。これは吉祥寺の「BOOKSルーエ」で買った。1996年4月、豊島区池袋のアパートの一室で77歳の女性と41歳の長男が餓死しているのが発見された事件で、その当事者の女性が死の直前まで日常生活を詳細に描き残した日記である。書店員さんにおすすめの本を聞くという取材で、担当してくれた花本武さんは、この本を1階のレジ横、「文藝春秋」や「世界」といった総合誌がある棚に並べていた。「いろいろな思想をもつ人が見る棚に、この本があることに意味があると思う」と花本さんは言った。「僕のエゴではありますが」と。
 掲載されている日記は、1993年12月24日にはじまり、1996年3月11日で終わっている。天気、気温、食べたもの、買ったもの、公共料金や税金、家賃などを支払った金額、身体の不調の具合、そしてどんどん不安に押しつぶされていく様を狂気すら感じる執拗さで書き記している。後半になると、「ゴミを出させて頂きまして有難う、ございました、」「電話代も、無事に、おさめさせて下さい。」「お陰様で、無事に買物に、行かせて頂きまして、有難うございました、」と、何かに祈り、無事にできたことを感謝している文体になってくる。もっと他の道があったはず、という思いは読み進めるうちに打ち砕かれる。昨日と変わらない日常を今日も続けたい。拠り所はその執念だけだったのだろう。読むたびに身体が冷たくなるが、花本さんが総合誌の横に並べていた意図を思い返す。
 
 かつて鎌倉に、「古書ウサギノフクシュウ」という古本屋さんがあった。店主の小栗誠史さんに薦めてもらったのが『うつわと一日』(祥見知生/港の人)だ。著者は、鎌倉にある器の店「うつわ祥見」の店主で、日々の食事をのせる器についての言葉を集めた本である。
 
ーー日々とは、雑誌で取りあげられるほど、素敵でもカッコいいものではなく、惨めで悲しいこともある。でも、その惨めで悲しい時間ほど愛しいんじゃないだろうか。器はその時間を一緒に生きていくものです。ーー
 
 作中のこの言葉を、折に触れて読み返す。
「古書ウサギノフクシュウ」でこの本を買い、隣りのカフェで読んでいたときにこの言葉が目にとまり、御成通りにある店に行ってみた。それまで、器というか陶芸にほとんど興味がなかったが、店内にあった御飯茶碗に引き寄せられた。尾形アツシさんという陶芸家の方の作品だった。当時、つかっていた茶碗がいまひとつ使いにくかったこともあって、手に馴染むものを購入し、いまでもだいじに使っている。
 今春、鬱々と家に引きこもっている間に『うつわと一日』を再読し、ふと思いついて「うつわ祥見」のHPを見てみると尾形アツシさんの作品が販売されていたので、コーヒーカップを2客買った。細かいヒビを定着させている独特の手触りが気に入っている。
 著者の根底に流れるのは「ふつうの日々への敬意」だ。日々の食事をのせる器をあつかう職業だからこそ、その大切さを実感として伝えたいのだろうと思う。
 
 家の本棚を見ていると、自分は「日常」を描く本に影響を受けてきたことに気づく。それはたぶん、庄野潤三に端を発している。『明夫と良二』『夕べの雲』『ザボンの花』にはじまる、自分の家族を題材にした作品を生涯書き続けた作家だ。小学生のころ、両親に薦められて読み始め、大学の卒論のテーマでもあった。庭の木々の成長や、家族との会話を生き生きと描写し、一見何も起こらない日々のようでいて、すこしずつ変わっていく。一家の成り行きを見守りたい。見守り続けたい。そんなちょっとした中毒性がある。
 卒論を書くときに読んだエッセイのなかに、忘れられない一節がある。すこし長いが引用する。
 
ーー私は、本当のことが書かれている時でなければ、おかしくならないという風に考える。本当というのは、人生の真実にふれていることという意味である。
 人間がまともに生きて行こうとしている姿には、悲しいところがあり、その悲しいところがまた屢々おかしみを誘い出すものだ。いつも必ず悲しくはないかも知れない。いつも必ずおかしくはないかも知れない。だが、どうかしたはずみに、何でもないことが悲しく見える。何でもないことがおかしく見える。それを私は尊重する。
 おかしいというのは、真面目なものなのだ。(好みと運/『クロッカスの花』所収)ーー
 
 読むたびに、生きることのすべてがここにある、と思う。読むたびに、言葉の力と、本があることの心強さを感じる。
 今まで読んだ、もしくは買ってもまだ読んでいない本が詰まった家の本棚は、自分の生活の源であり糧だ。日を追うごとに確かなことが薄れていくいま、自分の体力や気力が萎えてくると誰かにすべてを委ねてしまいたい誘惑に駆られる。そういうときは、本棚をじっと眺める。ここにある日常を、信じようと思う。

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第1回 はじめに
第2回 いま、本屋を一からやり直している~日野剛広さんの話(1)
第3回 いくつかの転機~日野剛広さんの話(2)
第4回 「良い本屋」ってなんだろう~日野剛広さんの話(3)
第5回 はじめての本屋さん
第6回 百科事典が飛ぶように売れたころ〜海東正晴さんの話(1)
第7回 時代が変わる、売り方も変わる〜海東正晴さんの話(2)
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第11回 四国で暮らしていたころ〜徳永直良さんの話(2)
題12回 つくばの本屋さんで、できること〜徳永直良さんの話(3)
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第20回 新刊と古書を置く店をつくる〜小国貴司さんの話(1)
第21回 札幌、八戸、立川に暮らしたころ〜小国貴司さんの話(2)
第22回 演劇と古本屋巡りの日々〜小国貴司さんの話(3)
第23回 新刊書店から古本屋へ〜小国貴司さんの話(4)
第24回 帳場のなかのジレンマ〜小国貴司さんの話(5)
第25回 宮子書店のこと〜本屋さんをめぐるめぐる体験(1)


著者プロフィール

屋敷直子  Naoko Yashiki
1971年福井県生まれ。2005年よりライター。
著書に『東京こだわりブックショップ地図』(交通新聞社)など。

©夏葉社

第25回 宮子書店のこと〜本屋さんをめぐる体験(1)

 
 四谷三丁目の交差点近くに、宮子書店という小さな本屋さんがあった。
 開業して100年以上経つ町の重鎮。入口すぐの平台には、墨と朱の毛筆体で書かれた短冊型のポスターが数枚、積み上げた雑誌の下に折り込むようにしてかかっている。総合誌や週刊誌の広告だ。書棚は木製で堅牢、茶色が熟して飴色になっていた。すみずみまで掃除が行き届き、雨の日も風の日も気候に関係なく店内には静かな穏やかさがある。店に入るとまず深く息をして、そののち本を探す。そういう店だ。
 
 店内右は旅行ガイドや地図、次に新書、実用書、文芸書と続く。中央は平台に雑誌や新刊の単行本、上部の棚には文庫本。左はゲーム攻略本、漫画が並ぶ。壁には、均整がとれた読みやすい手書き文字で模造紙に書かれた今月の新刊情報が貼り出されている。品揃えは特定の分野に先鋭的なわけでもなく、かといって広く浅くでもない。話題のベストセラーが山積みになるようなこともないが、世情に疎いわけでもない。そのバランス感覚が見事だった。
 
 一度、取材させてもらったことがある。いまから10年前の冬のことだ。
 町の本屋さんにおすすめの本を紹介してもらうという記事で、当時アルバイトだった I さんが対応してくれた。漫画のキャラクターが描かれた布地のカーテンをくぐって事務所にお邪魔すると、りんごジュースが出てきて、思わず「わあーりんごジュース、ひさしぶりです」とわたしは言った。「社長からりんごジュースをお出しするようにと指定がありまして。なんか町の本屋さんて感じですよね」と I さんはにっこりした。すすめられた椅子は相当年季が入っていて、動くたびにきゅうきゅうと小さく鳴った。
  I さんのおすすめ本は『つむじ風食堂の夜』(吉田篤弘・著/ちくま文庫)で、「夢のような、現実のような、どこか靄がかかっているような……そんなお話です」と、本の内容と好きな理由を目をきらきらさせて話してくれた。わたしは、りんごジュースをおかわりした。
 原稿を書いて、その掲載誌が発売になったときに挨拶にうかがうと、りんごジュースを指定した社長さんがいらっしゃって、「あなた、とても文章がうまいねえ。感心した。いやいやお世話になりました」と言われて赤面した。面と向かって自分の仕事を褒めてもらえる機会なんて3年に一度あればよいほうで、そうした貴重な言葉は決して忘れず、折に触れて思い起こしては自らを鼓舞している。
 
 その2年後、宮子書店は閉店した。
 社長さんの体調が思わしくなく、治療に専念するためとのことだった。自宅最寄りの本屋さんで、頻繁に立ち寄っていたはずが、知ったときは閉店から10日ほど経っていた。シャッターが下りた店の前で呆然とする。いったい何をしていたんだ、とわけもなく自分を責めた。そんな後悔をしてもどうにもならないのに。
 店の跡地は、あっという間にコンビニになった。
 
 宮子書店でよく買ったのは、漫画とノンフィクションだ。
 店としてとくに力を入れていたわけではないかもしれないが、文庫の棚にノンフィクションを集めた一角があった。ポップを立てるわけでもなく、あくまでこっそりと。『東電OL殺人事件』『3億円事件』『凶悪 ある死刑囚の告発』といった王道のラインナップ(新潮文庫多め)ではあるが、当時まだ「事件ノンフィクション」の分野を深く知らなかったわたしは、行くたびにその棚から1冊買うようになる。
 なかでも衝撃だったのは、1963年の吉展ちゃん事件を題材にした『誘拐』(本田靖春/ちくま文庫)で、以降、方々でノンフィクションばかりを買いあさるようになった。宮子書店は自分にとって、読書傾向を決定づけた店といえる。
 
 ノンフィクションを読み続けていると、ほんとうのことに近づきたいという思いが強くなっていく。1冊読むと、事実の重さとその圧力に押しつぶされそうになり、これが世界の真実なのか……と衝撃を受ける。でも一方で、書かれていることがすべてではない。読者の立場では書き手の主観からは逃れられないし、書き手の判断で書かれなかったことは知るよしもない。もしかしたら、些末なこととして書かれなかったことに真実があったかもしれない。えてして、ほんとうのことは地味だったりする。
 そうやってひとつの事件を、ひとりの人物を、ずっとじわじわ考え続けるのが好きだ。
 遠くアラスカの地で、うち捨てられたバスの中で死んだ青年のことや、100年前の北海道で体長が3メートル近くある巨大なヒグマに襲われた開拓村のことを考え続けることが生きていく上で役に立つかといえば、たぶん立たないだろう。でも出会うことがない他人の人生を垣間見ることが、自分の人生をとらえなおす機会になるとは思う。できることなら、世界を客観的にみる力をつけたい。ノンフィクションを読みはじめて、そう思うようになった。
 
 わたしは宮子書店ではノンフィクションとの出会いが印象に残っているが、ほかのお客さんはまた違った出会いがあったはずだ。町の小さな本屋さんで、それぞれの人がそれぞれの刺激を受けている。たとえ閉店しても、その刺激は消えることなく血肉となって引き継がれていく。そうした本屋さんをめぐる個人的な体験を、いくつか書いていきたい。

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第1回 はじめに
第2回 いま、本屋を一からやり直している~日野剛広さんの話(1)~
第3回 いくつかの転機~日野剛広さんの話(2)~
第4回 「良い本屋」ってなんだろう~日野剛広さんの話(3)~ ‎
第5回 はじめての本屋さん
第6回 百科事典が飛ぶように売れたころ〜海東正晴さんの話(1)〜
第7回 時代が変わる、売り方も変わる〜海東正晴さんの話(2)〜
第8回 本とレコードに囲まれて〜海東正晴さんの話(3)〜
第9回 本屋さんの最終型とは〜海東正晴さんの話(4)〜
第10回 つくば科学万博のころ〜徳永直良さんの話(1)〜
第11回 四国で暮らしていたころ〜徳永直良さんの話(2)〜
題12回 つくばの本屋さんで、できること〜徳永直良さんの話(3)〜
第13回 書店員ののちに始めた新しい仕事について〜徳永直良さんの話(4)〜
第14回 落ち穂拾いの日々〜徳永直良さんの話(5)〜
第15回 書店員として働きはじめたころ〜下田裕之さんの話(1
第16回 早春書店を立ち上げるまで〜下田裕之さんの話(2)
第17回 80年代のことしか考えていなかった〜下田裕之さんの話(3)
第18回 下田さん、サブカルってなんですか?〜下田裕之さんの話(4)
第19回 インフラとしての本屋を成立させるために〜下田裕之さんの話(5)
第20回 新刊と古書を置く店をつくる〜小国貴司さんの話(1)
第21回 札幌、八戸、立川に暮らしたころ〜小国貴司さんの話(2)
第22回 演劇と古本屋巡りの日々〜小国貴司さんの話(3)
第24回 新刊書店から古本屋へ〜小国貴司さんの話(4)
第25回 帳場のなかのジレンマ〜小国貴司さんの話(5)


著者プロフィール

屋敷直子  Naoko Yashiki
1971年福井県生まれ。2005年よりライター。
著書に『東京こだわりブックショップ地図』(交通新聞社)など。

©夏葉社

第24回 帳場のなかのジレンマ〜小国貴司さんの話(5)


 
 
 新刊書店のリブロを退社して、『BOOKS青いカバ』を開いた小国貴司さんは、帳場のなかで日々、葛藤している。
 
「会社員であることと、個人で店をやっていることは、接客の面でだいぶ違います。いまは開き直っている感じがしますね。クレームがくるならきてもらってかまわない、という。
 自分がやりたいことは、専門店ではなく不特定多数の、極端なことを言えば本を読まない人たちも来てもらって、何かを買っていってくれるような店なんです。でも、冷やかしで来てほしくないわけですよ。買う気もないのに時間つぶしとか、待ち合わせで使うとか」
 
 そうした冷やかしの人が、あるときお客さんになったりするかもしれない。ならないかもしれない。
 
「単純に、対価が発生しないから嫌なんですよね、やっぱり。嫌だっていうのはどう考えても、店主として心が狭すぎるっていうのは自覚してます。そのバランスをどうとるかっていうのが、すごく……難しくて……いまいちばんの悩みです。会社員のときは、来た人が買うか買わないかは、自分の生活にこれほどまで直結していなかった。ここが、いちばん違うところです。
 自分の店では、できるだけ心穏やかに過ごしたいというのはあって、冷やかしのお客さんを許せるためには、余裕が必要なんだと思います。金銭的にも、心的にも」
 
 小国さんの率直な言葉を聞いて、目が覚める思いがする。本や本屋さんは、どこか高尚で、金銭云々とは別次元のところにあって、儲かることをタブー視する一面がある。商売は二の次という暗黙の圧力。自分を省みても、本屋さんは買わなくても許される安全地帯と甘えているふしがある。冷やかしで入っていいところこそが、本屋さんの良さ、とさえ思っていたりする。
 
「それはすごくまっとうな正論です。自分もそう思うんですよ。だけど実際に、もし自分の本がずっと立ち読みされて、買わずに立ち去られたら嫌でしょう?」
 
 嫌です。自著がそっと棚に戻される現場に何度か遭遇してしまって、やりきれない思いがしたことを思い出す。
 
「それと同じです。冷やかしができるのが書店の良いところでしょう? って言われたら、そのとおり! ってこたえるけど、でもそれは自分の店ではやらないでくれって思うわけです。店に来てほしい、ただ来たからには5回に1回はなんか買ってよって思う。極端な話をすると、1日1000人が来店したけど売上げがゼロだったら、その店はもたない。でもその店主に対して、1000人も来るんだから立派な店だよ、なんて言えないです。正論だけど言えない。そのバランスをとるのが、商売の難しさだなって」
 
『BOOKS青いカバ』においては、全部が自分の責任だ。自分ひとりの才覚で店をつくり上げていかなくてはならない。
 
「買わないで出て行くお客さんが続いちゃうと全否定された気になる。もちろん買うものがないのは、完全にこちらの責任なんですけどね。それはわかってるんですけど。こんな気持ちになるんだなって、開店してから気づきました。3年やっても慣れない。むしろ日々悪くなってる。いっぽうで、ふらっと冷やかしでも入ってこられるというのが、店をやってる意味でもある。これはめっちゃ難しい……矛盾を抱えてるんです。イライラと自己嫌悪のくり返しで、5人連続で買わずに出ていかれたりすると帳場の机を蹴ってます」
 
 机、蹴っちゃうのか……いたたまれない空気になる。
 
「こういうこと言うと、お客さんはプレッシャーになるでしょう? 手ぶらで出て行くと、店主が機嫌悪くなるっていうのは。イライラは伝わりますからね。これも大学の演劇のワークショップで学んだことなんですけど、人が思っていることは、直接言葉にしなくても伝わります。たとえば、ふたりペアになって、シチュエーションをそれぞれ自分で考えて『おはよう』って言い合う。発するのは一言なんですけど、その言い方でケンカした翌日の朝なのか、晴れ晴れとした朝なのか、相手の設定を予想する。自分がやったときはドンピシャで当てられました。その場の空気で伝わるんです。
 店主のイライラが伝わって、この店ちょっと居づらいなって買わずに出ていっちゃうお客さんもいると思います。だから最近は、負のオーラを出さないように、お客さんをあまり見ないように努力してるんです。入ってきたときに、この人は買うか買わないかって、だいたいわかってしまうので」
 
「でもね、お客さんには買わないことをプレッシャーに感じてほしくないんです」と小国さんは話す。揺れ動いている。「難しいです、ほんとに」とくり返し、出口が見えない葛藤は続く。
 
 
 今回、小国さんの話を聞いて感じたのは、本はどこで買っても同じではない、ということだ。新刊書店は、全国で同じものを同じ価格で売るという希有な商売である。だからといって、どの店で買っても同じとは限らない。個人的に、『プラテーロとわたし』と『プレヴェール詩集』は、『BOOKS青いカバ』で買いたいと思い、実際買った。正確には、小国さんから買いたいと思った。
 どこで買っても同じだからこそ、どこで買うか、誰から買うかがクローズアップされてくる。より率直に言えば、どこにお金を落とすか、だ。同じ金額を落とすのであれば、店主のことを少なからず知っている、この店がなくなるとかなり困る、なくなって後悔するのはまっぴらだ、微力ながらも応援し続けたい、そういう店で買いたい。1冊の本を買うにも、ささやかな思想をもつ。
 小国さんに話を聞いたのは、2020年2月だった。あれから世界は一変し、本に限らず、生活用品全般を「買う」ことの意味を逐一考えざるをえない状況に直面した。そのなかで考え続けた「本屋さんで本を買う」ことについて、次回から書いていきたいと思う。

( 毎月第4水曜更新 )

過去の連載を読む

第1回 はじめに
第2回 いま、本屋を一からやり直している~日野剛広さんの話(1)~
第3回 いくつかの転機~日野剛広さんの話(2)~
第4回 「良い本屋」ってなんだろう~日野剛広さんの話(3)~ ‎
第5回 はじめての本屋さん
第6回 百科事典が飛ぶように売れたころ〜海東正晴さんの話(1)〜
第7回 時代が変わる、売り方も変わる〜海東正晴さんの話(2)〜
第8回 本とレコードに囲まれて〜海東正晴さんの話(3)〜
第9回 本屋さんの最終型とは〜海東正晴さんの話(4)〜
第10回 つくば科学万博のころ〜徳永直良さんの話(1)〜
第11回 四国で暮らしていたころ〜徳永直良さんの話(2)〜
題12回 つくばの本屋さんで、できること〜徳永直良さんの話(3)〜
第13回 書店員ののちに始めた新しい仕事について〜徳永直良さんの話(4)〜
第14回 落ち穂拾いの日々〜徳永直良さんの話(5)〜
第15回 書店員として働きはじめたころ〜下田裕之さんの話(1
第16回 早春書店を立ち上げるまで〜下田裕之さんの話(2)
第17回 80年代のことしか考えていなかった〜下田裕之さんの話(3)
第18回 下田さん、サブカルってなんですか?〜下田裕之さんの話(4)
第19回 インフラとしての本屋を成立させるために〜下田裕之さんの話(5)
第20回 新刊と古書を置く店をつくる〜小国貴司さんの話(1)
第21回 札幌、八戸、立川に暮らしたころ〜小国貴司さんの話(2)
第22回 演劇と古本屋巡りの日々〜小国貴司さんの話(3)
第24回 新刊書店から古本屋へ〜小国貴司さんの話(4)


著者プロフィール

屋敷直子  Naoko Yashiki
1971年福井県生まれ。2005年よりライター。
著書に『東京こだわりブックショップ地図』(交通新聞社)など。

©夏葉社

第23回 新刊書店から古本屋へ 〜小国貴司さんの話(4)


 
 
 2003年3月、小国貴司さんは立教大学を卒業する。
 その年の5月からは、旅行ガイドをつくる編集プロダクションで働きはじめるが、10月に父親が亡くなったこともあって退社。翌年2月、新刊書店のリブロに契約社員として入社した。最初の店舗は錦糸町店で、そのときに正社員の募集があり、試験を受け合格、晴れて正社員になった。
 
「リブロには13年いて、ビジネス書の担当が長かったです。池袋店には2010年に異動になって、2015年7月に閉店する半年前までいました。このときに矢部潤子さんと3年間、一緒に働いて、すごく影響を受けました。そのうちの2年、仕入れの仕事を共にしたのは大きかったと思います」
 
 矢部潤子さんは、30年以上、リブロ(旧パルコブックセンターも含む)で書店員として働いた経歴をもつ。その独自の知恵と工夫を対談形式で記した『本を売る技術』(本の雑誌社)という著書もある。
 仕入れの仕事とは、どんなものなのだろうか。
  
「当時の池袋店は1000坪で、しかも多層階でした。全体で何冊仕入れるのか、どのフロアに何を何冊置くのかを決めるのに、まず出版社と新刊会議というのがあったんですね。専門出版社についてはフロアの担当に任せてしまいますけど、いわゆる総合出版社は毎月一回、今月の新刊を説明に来るんです。仕入れ担当は、この会議に出席して、入荷する部数を指定したり、それをどのフロアにどれだけまくかといったことを決めます。
 こうした指定が入らない版元もあるので、それらは取次からの新刊委託の配本として入ってきます」
 
 毎朝、各方面から新刊の荷物が届くと、荷さばき場所に行って、机を出し、到着したばかりの新刊を一冊ずつ出して確認し、フロアごとに分けていく。足りないものは注文し、売れそうな本は、いち早く追加発注をかける。刺激的で、瞬時の判断が試される気が抜けない仕事だ。本の内容と店内のレイアウト、お客さんの流れなど、さまざまな要素を考え合わせなくてはならない。
 
「池袋くらいの規模の店だと、配本がない本はほぼないので、日本で出版された本のほとんどに、矢部さんか自分が必ず目を通していたことになります。そんな2年間でした」
 
 小国さんは池袋店ののち、ららぽーと富士見店という新店の立ち上げに関わり、2016年に退社する。『BOOKS青いカバ』を開店したのは、2017年1月のことだ。
 
「高校のころから、自分の店をやりたいなとは思っていました。古本屋がいいという気持ちがあって、今となっては当時どれくらい本気だったのかは覚えていないですけど、会社に勤めるよりは自分でやったほうがおもしろそうだということは、ずっと思っていました」
 
 大学時代の古本屋のバイトで、本を買い取って値段をつけて出すことは経験があったが、古書の市場で買ったり売ったりという、いわゆる“古本屋の修行”はしていない。「いまが修行期間」と小国さんは言う。開店した年の8月に古書組合に入って、市場の仕事をやり始めたのは2019年6月からだ。
 
「新刊書店の人と話していて気づいたのは、古本に対して怖さがあるんだなと。純粋に店に入りにくいという怖さにくわえて、値付けをしなきゃいけない怖さ、買い取りをしなきゃいけない怖さですね。新刊書店では電話一本で本が入ってきますから。
 古本屋の場合は、すごく小さい会社組織で、老舗はあっても大手はないでしょう? みんな横並びで顔が見える。小さいぶん、匿名じゃなくなるわけで、それが尻込みしちゃう理由なのかなと。まあ……古本屋のほうが口が悪いし怖いですね。
 とはいっても、先輩たち、ものすごいレジェンドのような人たちを尊敬はしていても、卑屈になってなんでも従わなきゃいけないわけじゃない。みんなライバルで同業他社なわけですけど、それぞれで売上げをつくって食べていっているということに対する敬意を、互いにもっている。自分にとってはそういうところが楽だし、居心地がいいです」
 
 小さい会社組織であるからこそ、ひとりひとりの本の知識が如実に店に反映される。本を大事に思うだけではなく、その上で商売として成り立たせなくてはならない。一朝一夕で身につくものではないからこそ、その力は多様で、互いを尊重するのだ。
 
「偉そうにしている人は偉そうにするだけの理由がありますね、古本屋さんは。かといって、自分が合わないなって思ったら従わなくてもいいし、むこうも絶対に従わせようとは思っていない。相場を知っていたり、値段が高い理由や売れる理由を熟知していることに対する尊敬は、新刊書店で棚をきっちりつくって売上げをつくる人に対する尊敬とイコールなので、すごく納得できます。なんでそんなこと言われなきゃいけないんだって思う人がいないっていうのは、とてもすばらしいです」
 
 独立独歩で店をつくりあげていく。頼れるのは、自分ひとりの才覚だ。会社組織を抜けて気楽になった面もあるが、いっぽうで帳場のなかでひとり、一喜一憂する日々が続く。
 

( 毎月第4水曜更新 )

過去の連載を読む

第1回 はじめに
第2回 いま、本屋を一からやり直している~日野剛広さんの話(1)~
第3回 いくつかの転機~日野剛広さんの話(2)~
第4回 「良い本屋」ってなんだろう~日野剛広さんの話(3)~ ‎
第5回 はじめての本屋さん
第6回 百科事典が飛ぶように売れたころ〜海東正晴さんの話(1)〜
第7回 時代が変わる、売り方も変わる〜海東正晴さんの話(2)〜
第8回 本とレコードに囲まれて〜海東正晴さんの話(3)〜
第9回 本屋さんの最終型とは〜海東正晴さんの話(4)〜
第10回 つくば科学万博のころ〜徳永直良さんの話(1)〜
第11回 四国で暮らしていたころ〜徳永直良さんの話(2)〜
題12回 つくばの本屋さんで、できること〜徳永直良さんの話(3)〜
第13回 書店員ののちに始めた新しい仕事について〜徳永直良さんの話(4)〜
第14回 落ち穂拾いの日々〜徳永直良さんの話(5)〜
第15回 書店員として働きはじめたころ〜下田裕之さんの話(1
第16回 早春書店を立ち上げるまで〜下田裕之さんの話(2)
第17回 80年代のことしか考えていなかった〜下田裕之さんの話(3)
第18回 下田さん、サブカルってなんですか?〜下田裕之さんの話(4)
第19回 インフラとしての本屋を成立させるために〜下田裕之さんの話(5)
第20回 新刊と古書を置く店をつくる〜小国貴司さんの話(1)
第21回 札幌、八戸、立川に暮らしたころ〜小国貴司さんの話(2)
第22回 演劇と古本屋巡りの日々〜小国貴司さんの話(3)


著者プロフィール

屋敷直子  Naoko Yashiki
1971年福井県生まれ。2005年よりライター。
著書に『東京こだわりブックショップ地図』(交通新聞社)など。

©夏葉社