絵・マメイケダ

昨年、『ゲットダウン』というドラマ観たさにNETFLIXに加入した。かの『グレート・ギャツビー』をケレン味たっぷり、現代風に演出したバズ・ラーマン監督が、ヒップホップ黎明期のサウス・ブロンクスをフィクションと史実交えながら描いた連続ドラマだ。ディスコ・ミュージックやブルース・リー、「スター・ウォーズ」など同時代のカルチャーの扱い方もリアルで引き込まれたが、なにより活字や音源では知っていたヒップホップ誕生の瞬間、まさにその現場が映像化されていることに興奮した。レコードをかけて皆で踊るブロック・パーティー(平たく言えば地域のお祭り)中、「ブレイク」、つまり演奏がドラムやパーカッションのリズムだけになるパートで皆が盛り上がることに注目したDJが、同じレコードを2枚使用し、2台のターンテーブルでブレイク部分だけを繰り返し流しはじめる。それにあわせて司会者、つまりMCが観客をあおったことがラップミュージックの原型になったというのが教科書通りの説明だ。再生装置であるはずのターンテーブルとレコードを楽器に変えてしまうダイナミックな発送の転換。そんな伝説的な瞬間に映像とはいえ立ち会えるというのは鳥肌ものだ。なかでもオリジネイターの一人、グランドマスター・フラッシュがブレイクのスタートする瞬間(レコードの溝の位置)を可視化して把握するために、レコードにチョークで線を引く、という描写にはしびれた。再生のための記録装置であり、慎重に扱われるべきレコードに躊躇なく白い線を描いてしまう、そんなラディカルな行為そのものがヒップホップなのだ。
 
 
1970年代後半に生まれ、物心ついた頃にはモダンジャズにもビートルズにも、パンクやニューウェーヴにも乗り遅れてしまった僕らの世代が、自立した消費者として音楽ソフトを購入するようになる頃、その全てが過去の音楽として並列に存在した。一聴してガツンとやられ、仲間同士で熱に浮かされたように夢中になるような新しいジャンルなんて何もなくって、同時代のバンドの演奏よりも昔のレコードを聴いているほうがよっぽど刺激的だった90年代、唯一原体験として影響を受けたのが、その誕生には立ち会うことができなかった成熟期のヒップホップだった。『ゲットダウン』で描かれた時代から10年以上を経て、ターンテーブルを楽器にしてしまう発送の転換は一つのアートフォームとして成熟する。サンプラーが普及し、過去の音楽の一部を引用して新たに楽曲をクリエイトすることが容易になると、今度は引用の「センス」が問われはじめる。マッチョイズムの音楽というイメージが強かったラップミュージックにおいて、オタク然とした佇まいで、教育番組のサントラからセルジュ・ゲンズブール、レッド・ツェッペリンまであらゆるジャンルの音楽を無節操に、かつスマートに借用してしまうデ・ラ・ソウルや、ハードロックをサンプリングしたトラックで大ヒットを飛ばしながら、その後すぐに楽器を手にし生演奏にのせて全く違うスタイルでラップを始めたビースティー・ボーイズが僕のヒーローだった。彼らが体現したとおり、常にセルフイメージから逃れ、更新し続けるのがヒップホップという音楽だ。過去の音楽をサンプリングして、つなぎあわせ、新しい音楽を生み出す。ジャンルとして型にはまりだすと、つぎつぎにそのイメージを刷新する存在が登場する。そういう考え方こそがヒップホップのかっこよさだったから、ステレオタイプなB-BOYファッションなんかには見向きもしなかったし、コンバースのスニーカーを履いてギターポップの7インチを買った帰りに[CISCO]でヒップホップの新譜をチェックすることの方がよっぽど自然なことに思えた。好きなものに貪欲で、型にはまらない姿勢こそが彼らヒーローたちに教えてもらったことだった。ゴールドのチェーンをして、ダボダボの洋服を着た友達なんていなかったけど、当時そういう感覚を共有できる仲間は少なからずいた。
 
 
同世代間に共通の姿勢や考え方があるとすれば、それは原体験となった音楽とは切り離せないはずだ。ロックがカウンターカルチャーだった1960年代後半に育ったのであれば、文化が社会や政治に影響を及ぼすという強い確信が、ニューウェーヴに影響を受けた世代であれば、音楽や文化がファッションと分かちがたく結びついているものだという感覚が、夢中になった音楽やミュージシャンたちによって刷り込まれているはずだ。過去と現在が並列に存在した1990年代に青春を過ごした僕にとって、決定的な影響力を持ったのはほかでもないヒップ・ホップだった。過去の情報を引用し、並び替え、別の意味をもたせる「編集」こそがクリエイティブな行為であるという発想の転換。それは音楽だけでなく他の分野にも簡単に移行できる「発明」だった。過去に出版された膨大な本を選択し、並べることで本棚という一つの世界観をつくることも同じように「編集」のひとつだ。
 

 
僕はウッドストックにも、ベトナム反戦を訴えたニュー・ソウルミュージックにも間に合わなかったから、本を売ることで世界が変えられるなんて思ったこともない。だから個人的信条と自分の店の商品構成は別だと考えている。「ジャック・デリダ」という曲を書いたポスト・パンクのバンド、スクリッティ・ポリッティのように哲学や思想をファッショナブルなものとして広く紹介するようなセンスもない。しかし、文学からサブカルチャー、食文化に漫画までを雑食的に読み漁り、それらをつなぎ合わせることによって本棚という一つの世界観や組み合わせの面白さを提示することはできる。これまでに幾度となく、棚作りのコンセプトや基準について問われ、「文脈」や「編集」なんて言葉でお茶を濁してきたけど、本質はデ・ラ・ソウルでありビースティー・ボーイズでありグランドマスター・フラッシュなんだ。先輩がロックやニューウェーヴやってるならオレはヒップホップでいってやる。そんなこと言ったって世代も価値観も違う出版業界の人間に伝わるはずがないんだけど。
 
 
かつて学生運動に参加したような若者たちが集う反体制的でリベラルなメッセージをもつ本屋や、流行の発信地のようなファッショナブルなニュー・ウェーヴ風書店が存在したように、僕はヒップホップの手法に影響されて本屋を作った。先輩たちと同じことをしたって仕方がない。古いものも新しいものもごちゃまぜ。アフリカ・バンバータがクラフトワークをファンクだと解釈し、ブラックミュージックと並列にプレイしたように、誰かが決めたジャンル分けなんか気にしない。解釈こそが選ぶという行為をクリエイティブなものにしてくれる自分にとって唯一の武器だ。
 
 
なんて息巻いてみても気がついて周りを見渡せば、編集型の棚作りなんて当たり前になって久しい。「文脈棚」とか「セレクト書店」なんてレッテルを貼られてしまったらおしまいだが、それを否定して逃げ回るほどの若さもない。グランドマスター・フラッシュも来年還暦を迎え、自分の知らないところで次々に新しいジャンルの音楽が生まれている。ターンテーブルもレコードも持たない次の世代が、どんな本屋をつくるのか今から楽しみにするとしよう。

 

 ( 毎月第4月曜更新 )


著者プロフィール

堀部 篤史  Atsushi Horibe
1977年生まれ。誠光社店主。著書に『街を変える小さな店』など。

 

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